Mittwoch, 6. Oktober 2010

美しい都市リーガ

前回の記事ではハンザ要素のみをフィーチャーしましたが,リーガのよさはそれだけではありません。
国力が弱く,ソヴィエトの影を引き摺り,周辺先進国に助けられてるのか搾取されてるのかわからないような状態でありながら,町の完成度がかなり高いのです。

また,リーガではオペラだか演劇だかも盛んで,人はその文化度の高さも評価している様子(私はこの方面にはまるで明るくないので判定出来ませんが,少なくとも国立美術館はショボかった)。

いやー,驚いた。こんなヨーロッパだかロシアだかわからないような場所に,こんなにステキな町があったのか。
着いた日に一目で気に入ったような事を申しましたが,その印象は覆される事なくここまで来ました。ホントここ,ステキだわ。いつかまた来よう。






  

  

  

  




30.08. 14.24

Dienstag, 5. Oktober 2010

ハンザ都市リーガ

「リーガはドイツ人によって造られた都市である」とは,よく言われる事みたいです。
1200年代からドイツ人がどんどん入植し,13世紀終盤にハンザ同盟に加入。もっと前からリーガ自体は存在していたものの,今あるリーガのおおもとが出来たのがこの頃と云う事なのでしょう。市内には2001年の建都800年を謳うレンガ舗装?があります。
建都800年の基準となったのはブレーメンからやって来た司教が礎石を置いた事であり,この町はドイツでもブレーメン色が極めて強く,音楽隊やらローラントさんやらが鎮座しています。
この建物はギルド関係者の為の施設(建都800年に合わせた再建モノ)で,外壁中央部の青い帯にはドイツ語が入っています。現在使われていない法則に基づく見た事のない綴りをした単語が含まれているので,当時の言葉なのでしょう。








そして,この建物の周囲に広がる現在の名所も,大抵はこの時代に由来する物です。かなり北ドイツの要素が濃いように思われます。

    

  





  

    


そして,ハンザ都市だけにものすごくスカンディナヴィアっぽくもあります。
私はここにスウェーデンを見ました。ストックホルムやイェーテボリにいるのかと錯覚出来るような場所がいくつかありました。
下段の真ん中,ガムラスタンのドイツ教会みたいじゃない?右も同じ建物ですが,真ん中のは細道を見上げた感じが酷似していると思うんですがどうでしょう。

  

    




これも歴史的な経緯から?
…関係ないか?
3008,1311

Sonntag, 3. Oktober 2010

ラトヴィア科学アカデミー Latvijas Zinātņu akadēmija

8月18日23時22分の書きかけ記事です。

聖ペーテラ教会からも見えた,極東で遭遇出来なかったスターリン様式の建築物。再会!プッ。
ワルシャワ以来8年振り2度目です。フィクションの世界に登場する,脳味噌が総身に回りかねる人間(ま,バカの巨人ですな)を想像してしまうような大きさです。
なんでここまで大きくする必要があったんでしょう。完全に20世紀のバベルの塔でしょ。どうかしてます。
その,「ソ」的どうかしてるっぷりを観るのが好きな私,これを逃すワケには行きませんや。

ワルシャワのスターリン建築は文化科学宮殿ですが,寄寓にもリーガのそれには科学アカデミーが入っています。

私が出向いた時は何もそこまでと思うほど重苦しく曇っていて,撮影には最悪のコンディションでした。そして,眺望面でも昨日の教会の方が勝れているのでした。リーガは中心部を外れるとあんまりきれいではなく,この科学アカデミーからは惜しい事に,そのあんまりきれいでない世界までがバッチリ見えてしまうんですよ。


   

ワルシャワや本国の建築物に較べて,ここのは赤味が強いと申しますか,有彩色の外壁材が使われています。
この手の建物は薄灰色ってイメージなんですが。

   

ダウガヴァ川。ロシア,ベラルーシ,ラトヴィアを流れ,バルト海に至るそうです。
バルト海って聞くとなんだかホッとする…。

  

地理的にも歴史的にも,あって当然な正教会。ただ,ヴィリニュスほどもてはやされてはいなかったような。
教会からの眺めの記事にも載せていますが,左の画像,左上に写っている大聖堂は素晴らしかった。
関係ありませんが,手前に写っているのは駅です。
この駅にいると,「頼っていいんだな」って気持ちになります。どことなくスウェーデンの駅っぽい。

  

  

頂上部の中はこんな感じ。日当たりを利用してか,野菜の栽培なんてしてました。唐辛子?



全容。と言いたいところですが,側翼が入りきっていません。正面の花畑を越えて,ギリギリまで下がってもなおこの調子。