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Samstag, 9. Januar 2016

晦日のケルン…

一昨日,何の障害もなく予定通りに帰国しました。

去年はハンブルク,今年はミュンヒェン。どちらも自分の滞在中ドイツ国内で最も気象条件が良い地域になりました。夏はハンブルク周辺だけ滅多に30度超えを起こさず,冬はミュンヒェンでは滅多に氷点下を下回りませんでした。 当然そんな事は予測せずに行き先を決めてますから,「持ってた」としか言いようがないのかも知れません。まぁでも,欧州の冬は寒くあるべきであると考える私には,ミュンヒェンのあったかさは,身体はラクではあったけど,ちょっと残念でもありました(同時期にマイナス20℃を叩き出したヘルシンキに憧れた…)。他の地域と違って極めて安定した天候の下では,飛行機の心配も皆無。

これが先ず,なかった気候的な障害。

ヴィーンもミュンヒェンも,「テロ」をキーワードにするならこの時期どっちも引っかかった町です。ヴィーンについては滞在中少しばかり言及しましたが,ミュンヒェンには晦日に自爆テロの可能性があったようです。偶々テレビもロクに観られない日々を送っていたので情報がなく,ミュンヒェンについては2日に宿で知ったくらいでしたから何の警戒心も持たない中での入りでしたが,どちらでも何もなく,警察さんこそ普段は見かけないくらいの人数が配備されていましたが,私とは違ってテロの可能性を知っていた筈の道行く人々でさえいつもどおりに見えました。

こうして治安上の障害もなく,私は無事日本に戻ってきたワケですが…。

4日のニュースが,晦日のケルンで暴動が起こった事を報じました。
中央駅の前の広場で約1,000人の酔って暴徒化した男が盗みと婦女暴行を働いたと云う事でした。被害女性によると,男はアフリカ系かアラブ系に見えたそうですが,このニュース,あまり日本国内では騒がれていなかったみたいです。
ドイツ国内では先ずケルンの本件が大きく報じられましたが,似たような事はハンブルクでも起こっていたそうです。

なんたるバカな男共。メルケルの政策の是非を問い,揺れ始めていた善良なドイツ市民の気持ちが大きく「非」に傾く事でしょう。




ケルンの続報を知りたくて帰国日に空港で新聞をもらってきました。待ち時間に読み損ない,機内でも寝て過ごし,今頃になって開いていますが,ネットの方が今では詳しいよなぁ…。南独新聞は薄情なもので,ほんの少し,初期に報じられた事しか載っていません。これだけの誌面しか割かれていないのではそうなるでしょう。晦日のミュンヒェンの自爆テロについては1面でデカデカと報じていたものを。ヴェルトはコンパクト版であるにも関わらずよっぽどたくさん載せていました。地方紙(と云っても南独新聞はもはやその域を超えてるだろうに)と全国紙のこの温度差!

Sonntag, 23. August 2015

蒸す…

2日経ちましたが,戻って来ました。
欧州大陸も今年は気温が高かったんですが,やっぱり不快感はこっちが圧倒的。この高湿さにはホント耐えられません。
現地で身体が参って日本に帰りたくなる事はあるけれど,気候のせいでそんな気持ちになった事はありません。この鬱陶しさは,多分長期間日本を離れて生活しない限り放棄不可能な物なんだろうと思います。
一度「日本の気候が恋しい」と言ってみたいものです。



飛行機から目撃。そう云えば大きな船旅はした事ないなぁ。興味を持った事もないし…いつかするんだろうか。

Mittwoch, 7. Januar 2015

帰国

帰って来ました。
いやー寒い。自分の家は寒い!昨日までいた宿は客の意思にかかわらず特に部屋を暖めていたので落差が凄まじいです。

眼が醒めたら直ちにガバっと起きられる生活から一転,明日どうだろう…。


夏でも冬でもシベリアの自然を見下ろすが大好き。今日(昨日?毎度悩みます。どっちなんだろう…)は運良く殆ど雲が出ていなかったので堪能。この過酷感がタマラン。

Samstag, 1. November 2014

LCCじゃないんでしょ?

ベルリン報告を終えたので続いてストックホルム…の前に,小ネタを挟みます。

この両都市間の移動にと飛行機を予約しようとした際,直行便は既になく,入りの日に申し上げたとおり,よりによってフランクフルト乗り継ぎと云うアホな路線しか選べなかったので,どう考えたって乗り継ぐんならコペンハーゲンでしょうが!と思いながらも渋々この移動方法を採ったワケですが,驚いた事があります。

フランクフルト-ストックホルム間はスカンジナビア航空便でした。距離があるので飛行時間は2時間程度。私は昔は色んな航空会社の飛行機に乗っていましたが,今は専らルフトハンザかオーストリア航空。スターアライアンス便で考えているので,この会社もいつも対象として挙げてはいるんですが,自分の行き先には合わない事が多く,気付けば14年乗っていませんでした。たまーーーに域内の移動にLHでもOSでもない会社の便に乗りますが,そんな時でさえ,SASは登場しなかったのであります。しかもオプション的に域内便を足す際の行き先の半分以上はノルディック国なのに。

決して避けていたワケではないのに縁が切れかかっていたスカンジナビア航空。いい印象しか持っていなかったので久し振りでちょっと嬉しかったんですが,なんとこの会社,2時間飛行の国際便にも拘わらず軽食をタダでは出さないんです。

私が「なんと」と驚く事がおかしいのかも知れませんが,ルフトハンザもオーストリア航空も国際線ではオヤツを無料で出してくれていたんですよ(私の最後の搭乗から変更されているかは未調査)。オーストリア国内を飛行機で移動した事はありませんが,ルフトハンザは国内線であってもチョコバーの1本くらいはくれます。そんな飛行しかしないも同然の私は,2時間乗せといて軽食有料て…と世間知らずな驚きを誰に露わにするでもなく不発弾的に心の中に収めた次第。LCCがオヤツに金を取るんなら納得しますけどねぇ…。

ま,ルフトハンザが世情に合っていないだけなのかも知れません。特に同時多発テロ以降,航空会社はなんのかんのと色んな制約を設けるようになりました。昔は当たり前に出ていた域内国際便(きっと古くは国内線でも)の軽食も,今は出さないのが主流なんですかね。

なんとなく面白くなく,パン物なら食事抜きでもいいやと何も注文せず22時にストックホルムに到着。その上到着直前のお別れアナウンス時には客室乗務員女史による謎の歌披露…空腹状態でワケのわからない場面に遭遇させられたストックホルム入りでした。次回からは上陸後のおハナシをいたします。


Donnerstag, 28. August 2014

心底キツい

昨日,泣く泣く日本に戻って来ました。
帰国前に申し上げたように,帰りたくはなくなっていたんですが,そう思いながらも既に参っていた身体が爆発的に上向くでもなく,帰国と同時に力尽きました。
節々が痛い。これは私の場合は風邪を引いた時にしか現れない症状です。そして日々の過労で既にベルリンにいた頃から気管支をやられ,日増しに咳がヒドくなり,今日からはもうオッサンのようにゲホゲホやってます。
風邪と咳が関係していないのも私の不思議で,先に治るのは風邪でしょうけど,だからと云って咳が引くものでもなく,暫くはゼイゼイ言いながら日々過ごす事になりそうです。ツラいよーーーー。
完全に自業自得ですけどね。



飛行機に乗ってエコノミークラスで初めに出されるのがスナック的な物です。このタイプ,私には初めての気がします。飛行機と雲なんてイケてる!と思って記録。心意気がイイなー。



Dienstag, 5. August 2014

なんでB747-400?

一昨日から夏休み。ベルリンに入りました。

いつものようにルフトハンザです。訪独目的なので普通に便利な上に,やっぱり好きなんですよね。これじゃないとイヤと云うくらいの気持ちでいます。が…。




成田発のフランクフルト便はA380になった筈なのに…いつもと違う搭乗ゲートに,もう二度と乗る機会はないだろうと思っていたB747-400が待機。当然機内エンタテインメントも「昔のがよかった」と思っていた類いのものでした。

私は不安になりました。

この機自体への不信と云う事ではなく,この機を成田に送り込んだルフトハンザの方針に対して,であります。

当時は鳴り物入りで導入した成田−フランクフルト線のA380。この日だけB747-400だったのかどうかは知りませんが,ここ数年の頻発する運営方針の変更を考えると,既に「気持ちは羽田」の彼等が花形機を成田から撤退させ,もう完全に成田を消化試合扱いしてるんじゃないかと云う不安。そうした想像があって,今改めてこの画像を見返してみても,どうにも嬉しい気持ちになれません。


私にとっては羽田でもいいんですが,2010年の極東ロシアを除いてどこに行くにも必ず成田からだった私の愛着は強く,いられる限りい続けたいんですよね…。

だけど公的資金に頼らず頑張った全日空に,国(?)はより多くの羽田枠を与えました。そうなればスターアライアンスはこぞって羽田に行こうとしますよ。ビジネス客を重視するルフトハンザが羽田を狙ったのも当然の事で,710,711だけでも成田に残してくれた事をありがたいと思うべきだとさえ思ってしまっています。非常に寂しい事です。

せめてオーストリア航空に羽田枠が行き渡らずにいますように…と,彼等の利便は度外視して思っているところです。


同じ場所に暫く滞在する時の常として,到着翌日を無駄遣いしてしまう傾向が昨日は炸裂。午後早々に部屋に戻り,諸々の連絡を済ませた後,粗熱を取る的に仮眠しようとし…22時前まで起きませんでした。長く寝たのでアホみたいに早起きしてしまい,ホテルのチェックアウトの準備(今日からアパートに滞在)を済ませ,朝食を摂るだけの状態にしてもまだ7時前。活動開始は今日だと思って,なんとか起きてないとな…。

Samstag, 11. Januar 2014

出発日に見た光景

一時期“空飛ぶ棺桶”と言われていた問題機,B787で7日,無事帰国しました。これから細々と,報告記を認めようと思っています。

スターアライアンスを愛する私は,日頃系列以外の飛行機には見向きもしませんが,今年は(去年もそうでしたが)スタートダッシュが利かず,私が行動を起こした頃にはスターアライアンスの航空会社は全滅でキャンセル待ちすら入れられない状態でした。どうしてなのか日航だけは充実の空席を誇り,結局日航機で日欧の往復をしました。アライアンスの都合で私の場合日系なら全日空なんですが,本当は日航の方が好きなんですよね。ですから「マイル…」と云う渋々感はあったけれど,日頃の制約を離れて(離れたかったワケではないが)日航に乗るのは悪い事ではありませんでした。

こちらはワンワールドですからターミナルも違います。勝手の異なる事柄は色々ありますが,やっぱり最大の違いは全日空でも思いますが,客室乗務員の皆さんでしょうか。日系の乗務員の皆さんはやっぱり身綺麗にしてますね。後れ毛一本のスキもなく,外資に慣れている私には息が詰まる思いがする事もありますが,これは比較すると全日空に顕著で,日航ですとそこまでの窒息感はありません。感覚と好みの問題なので実際にどれだけの差があるかは判りませんが,日航の乗務員さんの方が気遣いが自然と云うか,やっている事に性格が滲み出ている感じがします(これは地上職でも同じです。対応が素晴らしくシッカリしていましたが,「仕事だから」と云う冷たさがまるでありません)。身につけていたアクセサリーにツッコみを入れたり,ちょっとした不調をよく記憶していて降機時にもそれに触れたりは,やっぱりその人達がそう云う性格をしているからやるんだろうと。偶々だけなのかも知れませんが,こう云う人達に全日空のフランクフルト路線で遭遇した事がありません。全日空の方が作り物感が強いと言えばいいのかな。感情が見えないのが全日空と云いますか…。

企業体としては私は圧倒的に全日空を応援しています。国に迷惑をかけず,危機を自力だけで乗り越えようとしているんですからね。ヴィーンのリンクにあった旧全日空ホテルからはその名が消えました。でも,現場で働く日航の皆さんは言ったら“下々”。寧ろ上の者の奢りで迷惑を受けた側とも言えるでしょう。

そんな,私が好意的に思っている日航の下々の皆さん。搭乗ロビーで見て驚いた事があります。


これは牽引車が飛行機を引っ張り終え,飛行機が離れてひとりで(?)動き出した後です。実は飛行機を牽引車から離して,牽引車の横を移動する間,牽引車に乗っていたスタッフさん4,5人が降り,その飛行機を手を振って見送っていました。ずいぶん長い間。そして視界から飛行機が去ると,この人達は互いに握手をし,どこかに行ってしまいました。
見入ってしまったのでこの記録は全てが終わった後の物なんですが,なんだかいい画だなーと思いました。私が主として出発するゲートだとここまで外の様子が見えないので,実はどの会社の機に対しても行われている事なのかも知れませんが,妙に感心してしまいました。



そしてこれも日本流の“おもてなし”なんでしょうか(使われ倒した言葉を敢えて使ってみたけどやっぱり恥ずかしいな…),乗務員さんがこう云うものが見えるとアナウンスしてくれるんですね。ルフトハンザに乗ってて教えてもらった事あったかなぁ。まぁ離陸後の経過時間を考えて自力で見つける事は出来ますけど。

Mittwoch, 4. September 2013

帰ってはいるけれど…

前回の記事で申し上げたとおり,その翌日に帰国便に乗り,予定通り日本には到着しておりますが,心身ともに疲れきり,その疲れも時差障害も抜けないまま1週間が経過しました。
本気でシンドいです。あまりに涼しい日々を過ごし,そうそうは立ち直れないほどに落ち込んだ私にはこの暑さに刃向かう力はありません。日中は立っているのもシンドく,夜は眠れません。もーー,どうすりゃいいんだー。

先週は働かない頭で,うなだれにうなだれていた私を助けてくれた欧州のお方々にお礼の言葉を書き連ねておりました。性分として,いかなる状況下でも易々と落ち込む私ではありますが,あんまり日本では人に頼っていない気がする…外国のお友達が相手だと不思議とそうはならないなぁ。まったく,ケンカしたり泣きついたりモンク言ったりが独語で出来るようになりましたよ。習い始めた目的はトラブル対応じゃなかった筈なんだけどなぁ…。
まぁでも,こう云う人達がいてくれるのは救いであり,本当にありがたいです。



画像の整理も始めたので,そろそろ各種報告が出来るようになると思います。おそろしくスローペースにはなるでしょうが。

Sonntag, 4. August 2013

中3ヶ月…

4月30日を最後に一切更新せず,8月に突入してしまいましたが,私はそれなりに生きておりました。ここまで長い間放置したのは初めてだと思います。結構シンドい,この数ヶ月でした。
それを乗り越え,今日から夏休み。例年のごとくドイツ入りしました。いつもと違って機内では殆ど疲れなかったんですが,目的地に着いてからが悲惨でした。今回の一番の心配事は初日の移動でした。実際タイヘンだった…これのせいで実に今日まで,帰国後の弛緩しきった生活を夢見てさえいた始末。いざ着いてみると,そんな気持ちは勿論なくなってしまうものですが。


…目的地到着後の移動疲れがドーっと来ました。今日の所はこれにて…。


成田からの機内で見た,ものすごい形状の雲。

Montag, 7. Januar 2013

上には上がいる

本日夕方,日本に戻って来ました。
やっぱりシンドかったーーー。大荷物と冬の重装備でヘロヘロになりながらも,どうにか自宅に辿り着きました。
私が携えて来た荷物はスーツケースの他に機内に持ち込む小カバン(とは云えナイロンのトートだから嵩張りはする)とパンパンのお買い物袋で,両肩にどうにか提げられる類いの物です。勿論だからと云って提げるのはイヤで,小カバンはスーツケースに載せて一緒に転がしていました。
でも私ごときがヒィヒィ言ってる場合じゃないな,と思ったのが,私と同じ駅で降りた,スーツケースをふたつと,私のお買い物袋より大きいバッグを抱えた外国人を見た時。外国人とは云え初めての人では知らないルートでどこかに向かっていたので,日本で働いている人が帰省先から戻って来たのかも知れません。
その外国人は,スーツケースの持ち手をふたつ分片手で掴み,バッグを空いた片手で提げ,前後に組んだスーツケースに気を取られつつ歩いていました。当然まっすぐ歩く事は出来ず,数歩毎に立ち止まって態勢を立て直していましたが,こっちも助けてあげられる余裕なぞありません。
あの人はどのくらい時間をかけて,どこに向かったんだろうか…。




その外国人に較べれば私など小物もいいところでしたが,私なりに身体はガタガタ。腕と肩が痛いのはいつもの事ですが,今日の手首の疲労感たるや。うー,キツい。

今日は朝でなく夕方に着いたので,仮眠をとらずに済みましたが,なんだか片付かなくて今頃洗濯をしています。これが終わらないと寝られない。早く寝たいーーー。

Samstag, 29. Dezember 2012

不眠…

今日から冬休み。毎度のようにヴィーンに来ました。
今日のフライトは私には最悪でした。今日までの数日間,ずっと寝付きが悪かったんですが,その溜まった疲れもものともせず,私の寝付きの悪さは忌々しい程に健在,ロシア横断中殆ど意識がありました。ここで睡眠を稼いでおこうとしていた私の思惑は完全に外れ,ヘロヘロの状態で乗り継いでヴィーンに着きました。


機内の疲労で寝付きの悪さが解消されたとは思えませんが,一応,寝る態勢を整えてみようと思います。眠れるだろうか。ホントに眠りたいぞ…。

Dienstag, 28. August 2012

ここはスウェーデンか

帰って来ました。
…消耗し過ぎて,感慨がありません。
もっと長く居たかったとも,帰って来られて嬉しいとも,今シーズンは思えません。
参ってるなぁ。
時速150Kmのジェット気流の中を,今日は飛行しました。離陸後割とすぐこの中に入ったせいか,最初の食事は出発時刻の約4時間後。本当の「お夕食」でした。食べ終わる頃にはヨーロッパ大陸を離れていました。
この飛行の際の日本人客室乗務員のアナウンスがちょっとおかしくて,女史オリジナルの解釈に基づく妙な丁寧語や語彙が満載。通じてはいるし,多くの日本人乗客にとっては日本語で何か言ってもらえるだけ有り難い筈で,その点で盲目になっているんだろうと思います。でも私は気になって仕方なかった。ジェット気流の事は「ジェットストリーム」と言いました。これ,*日空ならタブーな言葉じゃないでしょうか。言ってみれば敵性言語ですから。共同運行便なのに,ちょっと気遣いが足りませんね。所詮名前を貸してるだけなんですよね。





帰りの便の我が席,周囲を全てドイツ人ではないヨーロッパ人に固められました。
揃いのポロシャツには何らかのプロジェクト名が入っていて(遊びの要素のあるフォントで解読は困難だった),15人くらいの団体だったでしょうか。金属的,音楽的な聴き憶えのある響きから,私はスウェーデン人ではないかと想像。訊きはしませんでしたが,そこそこ自信がありました。
しかし,税関で係員とこの団体のうちのひとりが喋っていたのが聞こえ,その人がフィンランド人である事が判明。あれー?
ま,フィンランド人のうちの6%は母語をスウェーデン語としているワケだから彼等が喋っていたのがスウェーデン語ではないと言い切れるものでもないけれど,よりによってスウェーデン語話者だけがこうも固まるか?
でもフィンランド語じゃないと…思ったんだけどなぁ…。
そもそも同国人だけの団体かどうかだって判りはしませんでしたが。

ヴィーン最終日,食事中,私はオバサンから英語で話しかけられました。
こっちはどうしても独語しかスムーズに出て来ないので初めはつっかえがちでしたが,意外や意外,その後独語と同じくらいのスピードで聴け,返せました。
女史はテキサス人,一切独語不可だと言っていました。私の腹の中でのリアクションは「ふん,だから英語の国の者は」でした。傲慢だ,少しくらい独語を喋ろうと思えよ,って。
しかしオバサンはそんな私の感情に気付く事なく色々話しかけて来,私も無視こそしなかったもののノリノリでもない返答をしていましたが,そこで「あれ?なんで?つっかえない」と。驚きました。オバサンと話せた事はまあまあの収穫になりました。英語は好きじゃありませんが,避けて通るワケにも行かないのが癪。今期の私は今までに較べて早口だったと思いますが,英語にもそれが適用されて我ながらビックリしました。耳が良くなってきたのかな?
この点に於いては,ここで日本に戻ってしまうのは非常に惜しい事でした。
でもそれ以外では別に…。あー,ホント,来年こそは!

Montag, 9. Januar 2012

Brahms: Klavierkonzert Nr.1

本日昼頃,日本に戻って来ました。
私の気持ちは昨日と同じです。はー,帰りたくなかった。
私の身体は当然のごとく中央ヨーロッパ時間で機能しており,徹夜明け状態(機内での眠りは正しい眠りではない)の今,眠くてたまらないんですが,明日からの労働生活に備え,無理矢理起きております。キツいす…。


私の大好きな機内活動である上空からのシベリア見物は,今日は出来ませんでした。窓にビッチリ氷がつき,外界の暗さに対応出来ない状態だったからです。うー,残念。今シーズンは蛇のような大河を観損なってしまった。

その上,機内プログラムの音楽CDで見つけたシュターツカペレ・ドレスデンの標題のライヴ収録版を,システムエラーで聴けませんでした。ヒドいじゃないか!!今日,ドレスデンからの帰路(広義の,ではありますが)でこそ聴きたかったのに!無念でした…。



ところで,これはドレスデン空港で撮った画像です。
この尾翼…もしかして我等の国のやつ?これしか見えなかった上にそもそもドレスデンには我が国の航空会社は就航していない筈…チャーターか?それとも他にこんな尾翼を持つ会社があるのか??

Donnerstag, 29. Dezember 2011

毎度お馴染み

バカのひとつ覚え,ヴィーンにやって来ました。
ここ数日の尋常でない睡眠不足のせいか,機内での半分以上の時間を睡眠に費やしていたように思われます。
食事とオヤツは逃さない程度の浅さですから熟睡感は薄いんですが,それにしても日頃の睡眠時間より長く眠っていられました…そのくらい寝ていなかったんです。よく生きてるなぁ。

今夜のヴィーンは5度もあって暖かい。手袋不要,頭も覆わずに過ごせます。いつもなら宿に落ち着いてから外に出るところですが,今日はそれより休息欲が勝ちました。





今日は珍しく窓席を取れず,通路席で燻っておりました。窓の外を見る事が出来たのはトイレに立った時だけでした。翼の後ろと云う位置と,窓の下半分がレンズみたいになっている事から,記録も困難を極めました。私の大好きな,シベリアを流れる蛇のような大河をロクに観られず,非常に残念でした。




長い付き合いだった従前のノートがついに老衰を発症したので9月に更新。今期から帯同しています。今までのとまるで勝手が違う。マウスがないと何も出来ない(に等しい)。持って来ればよかっただろうか…。

Dienstag, 27. Dezember 2011

透かし鳥のキャンドルホルダー

ヴィーンで去年,びっくりするくらい自分の好みに合う洋服屋さんを見つけました。
今年再訪しましたが,なんたる事かデザイナーさん自身が私を見て思い出し,「去年も来なかった?」と声をかけて来ました。色々話し,長居して,何やら仲良くなってしまいました。
一度しか訪れなかった私を見て思い出すと云う事は,東洋人の客がついていないんでしょうね。ずっとこのまま,どうか発見されないでいて。絶対日本の雑誌には載らないで欲しい。
夏,私はヴィーンで絶不調に陥っていたので,そぞろ歩きを殆どしておりません。この洋服屋さんでは力を振り絞りましたが,それが為他にエネルギーを回せなくなり,書籍の類は皆無,本当はここ数年地図を探し続けているんですがそれも次回に持ち越し,衣類数点以外にはこれしか手に入れておりません。







キャンドルホルダーです。去年も同じ店で同じような物を買いましたが,これは地肌(と言うのか?)がマットで薄め,おとなしそうな印象です。儚げで美しい。火を入れたらさぞきれいだろう…と思うんですが…帰国して何か月か経つのに,いまだにキャンドルを投入しておりません。
なぜ使わないのか?自分の住環境がオシャレなキャンドルライフに相応しくないからです。現在,キャンドルライフが出来る生活を獲得する為,“デフラグ”を実施中。眼に見えるCO2排出と云う点もちょっと気になりますが,照明のスイッチを切れば排出量自体は減るか…。気がきれいになってから火を灯したい。頑張ります…。





この下書きを数週間に亘って放置し続け(下書き日付けは今月1日だった…),明後日,またヴィーンに飛ぶ日を迎えます。
ヴィーンで傷を負った事はまるで関係なく,私はまたいつもの厭世観に襲われております。ああー,面倒くさいーーー。このまま日本でくすぶっててもいいー。

この店,確か年末年始は完全休業していた筈なので,今期このコレクションは増えません。

Sonntag, 28. August 2011

帰国

ゲホゲホ言いながら,成田に戻りました。
健康相談所付近はどうにか耐えて素通り。実家に寄り,午後にどうにも眠くなって横になったけれど,咳がヒドくて眠ったうちに入らなかったのでは…。
ここ数日の咳で,今度は腹筋が痛くなってきました。あーもぅ,ホントにキツい。おえー。

そんなこんなで今日はいつも以上に機内で起きていました。
大抵はこんなとこでは起きてない…。イェカテリンブルクを過ぎて,オムスクあたりでしょうか。
ああ忌々しい。



久し振りに私,総合的にボロボロです。
関東の方がまだヨーロッパより涼しそうなのが救い。これから大量に洗濯するぞ。どうせ眠れないんだから。

Sonntag, 7. August 2011

8月5日いや6日,ハノーファー着

今日は8月7日。しかし私は当初の予定通り,5日からヨーロッパおります。
フランクフルト空港で降り,この列車に乗ってハノーファーに入りました。
ハノーファーの宿では本来ロビーでインターネット接続が出来る筈でしたが改装中で,今日まで完全オフラインを余儀なくされておりました。





ハノーファー着が00時02分と,不慮の事故以外で初めて,その日のうちに着かないスケジュールを組みました。
前日の寝不足と,東シベリアで目覚めてからロクに眠れないままフランクフルトに降りたので,それはもう必死で眠気と戦いました。
ハンブルク行きなんて,寝過ごしたらシャレになりませんからね。この時間帯では例え次の駅で降りても引き返せません(ツェレからならバスで向かえたかも知れないな…)。
背に腹はかえられないので,携帯のアラーム(これまたヘタに欧州専用機を持っているから普段慣れていない音を出す)をセットして,不測の事態に備えました。
どうにか23時半頃からは起きていられて無事到着。荷解きをしないと寝られない性分が災いし,疲れきっていたのに就寝は26時を過ぎてたか…。

昨日まではオフラインなんて言ってはみたけれど,それが別に今日からはガンガンにオンラインである事を謳っているワケではありません。
この宿のWLAN環境,最悪!!切れ切れで使い物になりません。
どうにかここまで書きはしたけれど限界。WLANそのものの限界の他,私の体力,気力,精神的持久力にも限界が来ました。怒り心頭であります。

一応,2日前,カレンダー上ではまだ昨日か,の到着報告まで。

Freitag, 7. Januar 2011

gestr.

本日,当初の予定より8時間遅れて帰国しました。


ルフトハンザでベルリン-フランクフルト-成田と飛ぶ予定でしたが,ベルリンのテーゲル空港が天候不順で11時まで閉鎖。やっと開いた空港は大混乱を来し,11時までに飛ぶ筈だった機を送り出すために数時間単位で遅れ,欠航も頻発し,フランクフルト便は大幅に間引きされました。
フランクフルト-ベルリン間は鉄道空路とも,日本で言えば東京-新大阪/伊丹間のようなものであり,便数も多いため,欠航数も尋常ではなくなるワケです。

私が乗る筈だった便は欠航の対象になり,とりあえずは予約の取り直しをしてもらい,いつ出発するかもわからない代替便が出るのをスーツケースと共に待ち(飛ばなくなるかもしれない機を対象とした荷物の預かりなんて,当局も出来ませんものね),当初言われていた待ち時間よりも早く別便が出る事になったので予約を再度変更してもらい,どうにかフランクフルトに着きました。
よっぽどICEで直接フランクフルト空港入りしようかと思ったのですが,空港職員に「6時間だよ」と言われてやめました。そこまでして向かっても,フランクフルトの天候も決して万全ではないと言われていたからです。
しかし結局乗る筈だったルフトハンザ便に悪影響は及ばなかったみたい。わずか50分のフライトの為に,11時間乗る便を逃しました。なんと理不尽な…!

フランクフルトからは代替便として全日空に乗れる事になりました。私が取った席は3-4-3列のKでしたが,この列には,なんと私の他にAにしか客がいませんでした。なんたる幸運!!私はエコノミーにしてフルフラットの恩恵に浴する事が出来,大満足しました。
ルフトハンザ機に乗れないと判った時は,「私が間に合わない事で,隣の客は私の席を使うはずだ,忌々しい」なんてケチな事を考えていたものですが,その知りもしない隣客よりも私は機内でノビノビしていられたはず。不幸中の幸いとはまさにこの事。

ただ,いずれにしろ私は8時間を失ったワケです。モスクワのダイナミックな夜景,シベリアの夜明け,成田の朝日,すべてかないませんでした(シベリアの夜明けを逃したのは寝てたからだけど…)。



フランクフルト空港の出発便案内。この時間になってもベルリン路線が不安定なのがわかります。
天候不順と言うけれど,現地では雨だったし強風もなかったから,問題は空にではなく地面にあったんじゃないかなと思いました。歩いているだけでも滑る危険性がありましたから。
いずれにしろ,飛んでくれてよかった。ベルリンのホテルのチェックアウトから23時間かかったけど,予定日に日本に戻れてよかった。
「gestr.」…gestrichen,キャンセル。このコメント,次の機会のチェックインカウンターでは絶対に見たくない。

Montag, 27. Dezember 2010

あさって

欧州に出発します。
昨日までに荷詰めと年賀状書きを終え,残った今年の仕事は住まいの掃除だけです。それもそこそこ,済んでいます。


いつもはヴィーンで年を越しますが,今年は夏に2週間滞在しましたので,さすがに休もうかな,と。
ヘルシンキとベルリンに行きます。ベルリンには,本当は冬ではなく長く時間を取れる夏に行きたいんですが,来年行きたい所は別にあるし,再来年に再び行ってもタイクツはしない筈。

ヘルシンキに行くのは,…買い物目的です。
日頃愛用していた12年来の指輪を,今年の秋に自宅内でなくしてしまったからです。
出先でなくしたワケではないし,いつか出て来るんじゃないか?と言われそうですが,こう云う物って本当に出て来ない!多分出て来るのは何年も経ってから…。
今までの使い方とメンテの仕方が悪く,ボロボロになっていたので,同じ物がもうひとつあってもいいんじゃないかと思いました(だからと言ってなくした物をなくしたままにしておくのも本当はスゴくイヤなんですが…)。
今なら多分150ユーロもあれば買えるモデルでしょう。うーん考えようによってはモノスゴく高い物になってしまうような…。




ほぼ毎年ヴィーンで年を越す私は,数年前までは行く度にこの,全長約2センチのブタ君を集めていました。
半透明の,不透明の,キンキラのと色々持っていましたが,去年の転居でどこかにしまったっきり…。
これだけはポーチに入れていつも持ち歩いていますが,そのせいで葉っぱは“紅葉”するわ眼はなくなってしまうわでこんなに貧相になってもうた…。
自分で着色して眼を入れよう。

これは独語圏でよく見られる幸福のシンボルです。これに1セント(今はセントなんだろうな。私が直接知ってるのはペニヒの物ですが…)コインがくっついたのも売られています。私は「ブタ君はなんでも食べる→全ての幸運を取りこぼさない(それ故の四つ葉のクローバー)」と云う解釈に基づいていると聞きましたが,こう云う言い伝えには諸説あるんでしょうな。

今年はひとつの事件で全てをガタガタにされ,いまだに冬の時代を過ごしておりますが,2011年は笑って終えたいなぁ。このブタ君みたいに,幸福を取りこぼさない1年にしたいです。

Dienstag, 30. November 2010

初の搭乗,A380

ルフトハンザのA380は6月12日に初めて日本に「フランクフルト・アム・マイン」号が来ました。二号機「ミュンヒェン」が導入される8月4日までは週3便,それ以降は毎日,フランクフルト‐成田往復便にA380が使用される事になりました。ミュンヒェン‐成田便については今までどおりA340-600。
今期の私の場合,出発曜日はフランクフルト行きならまたボーイング747-400だったのですが,私はミュンヒェン便を選んだので,今期初めて,ルフトハンザでボーイングに乗る事無く帰って来てしまった事になります。

フランクフルト空港で猛烈に急いでいた私は搭乗ロビーで一番カッコよく見えるアングルで撮る事を失念してしまい,激しく落ち込みましたが,落ち込みつつも内部記録はシッカリ取っておきました。
いつもは撮りためた画像をランダムに並べるんですが,ここでは基本的に撮った順に配置してあります。



  

左:全身を撮れなかった私がせめてもと撮ったのが横顔。
中:搭乗口も上下態勢!
右:見づらいけれど,確かにA380の「フランクフルト・アム・マイン」号です。

  

機内の様子に特段変わった所はありませんが,驚いたのが中と右。USBて!!

  

ルフトハンザが積む邦楽はいつも前時代的。機材が新しくなってもセレクションに変わりはありません。
もうちょっと時間が経ったら「プッ!」じゃなく,本気でこれを楽しめるようになるだろうと踏んでます。



諸々。新車(車じゃないけど)だからか,窓に傷がなくて外の景色をクリアに観られます。

  

左,中:飛行情報がうんとカッコよくなりました。が,この急激な変化に戸惑った私は実は従来型の画像を恋しがっていました。
右:私の大好きな景色。西シベリア上空から見えるうねった川(ちょっと不鮮明ですが…)。
そしてこのあたりから私は段々悲しくなります。死に向かうような…。

  

左:東シベリアの夜明け。晴れがましくない。日本はもうすぐそこ。絶望的なだけ。
中:ホラ,これ,今までのは水色一色でした。雲なんか散っちゃってキレイだこと。
右及び下段の左と中:旧式のテレビゲームから突然新式に乗り換えたような気分。この案内も,今までのはもっとノッペリしてました。
ここに表示されているビロビジャンはハバロフスク近郊のユダヤ人の町。実はこの記事中にある時刻表に
ビロビジャン行き(なのかハバロフスクとの往復便なのか)が載ってます。近くまで来たんだよなー,と悦に入っておりました。

  

右:機載カメラのチャンネルがこんなにあります。

  

左:特に好きなのが尾翼カメラで録っていると思われるこれ。
中:飛行機ファンはこう云うの,好きでしょうね。でも操縦部までリアルな画じゃないとイヤだろうか。
右:成田に着くまで撮れなかった全体像。見よこの雄姿!フランクフルトで撮りたかった…泣。


ここに記録を載せるまでは「エヘヘ,A380~」なんて悦に入っていてまるで考えておりませんでしたが,私が日本からルフトハンザで欧日間の往復をする場合,もうB747-400 に乗れなくなってしまったんですわ。
殆どの場合,私はスターアライアンスの欧系の飛行機で移動し,たまーにスカイチームを利用。これはつまり,もっぱらエアバスのスターアライアンス各社と,A380を導入したエールフランスとオランダ航空(こっちは…まだ日本には来ないかな)しか使っていないも同然である事を意味しており,マイルの都合でワンワールドに食指が動かない私の場合,もしかしたら去年の夏が最後のB747-400って事になったのかも知れず,ちょっとこの事実にショックを受けもしてます。
本当は安全に乗れればTポレフだろうとなんでもいいんでしょうけど(ロシア極東からはこれで戻って来ました),欧州カブレの私ではあれど,今まで散々お世話になってきたボーイング社のジャンボに今後乗る機会があるのかと考えると,寂しくもあります。