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Montag, 16. Oktober 2006

インチキノルウェー語学習

私は出来る事なら訪問国の言葉で喋りたいと図々しくも思うクチです。英語だけあれば全てウマく行くなんて傲慢な考えは持っておりません。 最低線として確保すべきだと思うだけです。
「訪問国の言葉」とは今期の場合ノルウェー語なんですが,勿論喋れよう筈もありません。また,ヨーロッパの小国の人は英語教育が素晴らしく浸透している事もあり,観光客が自国語を喋る事に対して殆ど期待感を持っていないようです。おぼつかない現地語を話す観光客にイライラしている間に,他の客を逃してしまうってものです。
ですから,英語だけで生き抜く事は観光程度なら十分可能です。まぁどこに行ってもそうでしょうけど,私はこの点についてはナゼか溶け込み願望が強く,溶け込めるワケがないのに言葉を憶えたくなるんです(この思いをヨーロッパで持たなかったのは今までフィンランドとハンガリーだけだった。って事はフン族の語とは相性が良くないって事か)。実際には当然ながら英語で生活していますが,甚だ不満です。


同じ国に何度か行くと,書かれた単語をいくつか記憶するようになります。元々ドイツ語の知識はありますが,スカンディナヴィアではその他に,オランダ語の知識が意外に役に立ちます。
勿論このオランダ語の知識も,現地で憶えた叩き上げ学習の成果。だから私の場合はホント,現地実習が大事なんです。
タンが絡んだようなオランダ語を正しく発音するのは至難の業。私の滞在日数では文章化するほどには憶えられないので,持ち合わせは単語の知識だけです。それでも知っているのと何も知らないのでは不安感がまるで違います。
このオランダ語と,スカンディナヴィアでは最も長居したデンマークで仕入れた単語の知識を引っ提げて,右も左も判らないノルウェーに乗り込んだワケですが,やっぱりこれらの知識は役に立ちました。
勿論正しい意味を完全に把握出来てはいないと思います。でも致命的な失敗をしなくて済む程度の正確?さは有しているみたい。アリガトウ,脳内辞書!

併しいかんせん知識が乏しいのです。ヘタに一部が解ると欲が出て,もっと知りたくなってしまう。こうなるとドツボです。だけど新たに始めるなんて時間はありません。そこで登場するのがこの手のインチキ本!
…いや,内容に問題があっての「インチキ」ではないんです。正規に学習している人にとっては冒涜とも取れるであろうと云う解釈から出た言葉。即効性のある旅行会話集です。オスロで探した物ですから当然日本人に合った気の利いた書は見つからず,代替案として調達したこれはドイツ語話者用の物。然もドイツのフーバー社が出しているやつです。当然輸入版でしょう。78NOKて。………高い!!こんな事ならシュトゥットガルトで買っておけばよかった。
同社の本には独語学習で散々お世話にもなってますし泣かされてもいます。

 

 

このように場面別にひとくち情報,例文,語彙集がドイツ語,ノルウェー語の綴り(黒字),そしてドイツ人用にアレンジされたノルウェー音の文字表記(青字)で載せられています。
巻末にはノルウェー語の基礎知識(文法,発音,抑揚,綴り,…)がまとめられていて,私は先ずここの発音の項目を熟読し,それから各パートに入りました。
勿論実際には使い道なんてありませんから,本を教科書代わりに自習しているだけです。いくらこの手の本が熱心に発音表記に取り組んでも限界はある筈。訂正してくれる知人もいないし,私のノルウェー語発音はドイツ訛りに仕上がってしまいそうです。
また,ついつい青字ばかりに眼が行ってしまう為,綴りの法則を憶えられません。うーんこいつは手ごわい…。
私のベースがドイツ語なんでドイツ語業界しか知りませんが,私は嘗て,このテの日本語本も持っていました。他社の書でしたが,やり方は同じでドイツ語話者なら理解出来る呪文の様な発音表記がついていました。まあまあ,日本語っぽく聞こえるように書かれていました。

オスロ指摘事項

私がオスロで見た,気付いた事。
ここでは今までの記事の中に入れようがなかった,ノンカテゴリーのオマケをどうぞ。



見えないところに隙がある

私が泊まった部屋。ちょっと判り難いんですが,腰高窓の真下です。
よくあるでしょう,10センチ足らずの台と云うか。それがこのように,壁財と密着していないんです。初めのうちはちゃんとしていたんでしょうけど,チェック機構が甘いのか。
これだけ見てこの項目を立てたワケではありません。どうもオスロでは,例えば裏道に入ったら薄汚れているとか,地下鉄の車内はまぁ大丈夫でも外側が埃まみれでヘイキで運行しているとか,油断しているなぁと思わされる場面に出くわす事が多いと感じました。
オスロ訪問の経験がある知人は,「ちょっと(旧)東欧みたい」と言っていました。氏に旧東欧訪問の経験はありませんが,そう云うところはあるかも知れないな…と思いました。どこか煤けている感じ。






日本料理店が多い

この写真は料理店とは何の関係もないんですがね(これはチェーン展開している写真屋さん。本社デンマーク。アムステルダムかブリュッセルかで見たような気がするんですが,ホームページに記載がない。目撃地の自信がなくなってしまった)。
何やら他のヨーロッパ諸国に較べて料理店が多いような気がしました。そこらじゅうにあるなぁ,と云うイメージを持ったくらいですから。カラオケ付きの店もありました。ちゃんとした料理店以外にもデリ的な施設もあるし。勿論どの店にも入っていません。駐在サンでもないし,すぐ帰るのに,わざわざ外国で日本料理なんてさ。






階数表示のナゾ

ヨーロッパでは一般的に,日本で言うところの1階をゼロ階とする物です。
私は今まで,ヨーロッパでは必ずそうなんだと思い続けて来ましたが,オスロに入ってワケが判らなくなりました。
オスロには,日本式の施設が何軒かあったのです。
つまり,1階は1階なんですよね。どう見ても店舗エリアは地上階とその上の階しかないのに「2階」ってどこだよ…と悩んでいると,当たり前じゃないとばかり上を指されたり。
ゼロ階もあるところがまたナゾ。統一されていないのか?気分で申告しちゃっていいのか?
解けない問題です。



この点は親切である

日本ではあんまり見ませんが,ヨーロッパでは必ずと言っていいほど店頭に営業時間が表示されています。
店によって違うのも勿論ですが,同じ店でも曜日によって営業時間が変わる事も多いので必要なんでしょう(ベルギーに至っては昼休み時間まで表示)。でもここまでデカデカと表示する国を私は他に知りません。あまりに頻繁にこの規模での案内を見ましたから,ノルウェーでは普通の事なのかも知れません。
カッコの外は月-金,カッコ内は土曜日。気が利いてます。
って事は…イケア(スレペンデン店)の従業員はこれだけの長い開店時間の中でシフトを組まされているんだなぁ…。気の毒。




「パンクチュアル」であるがあまり…

帰る日,ちょっとノンビリしてしまった私は,当初の予定であったSASバスによる移動(所要40‐50分)をやめ,中央駅から出ているスペシャルな特急列車(所要20分)に乗ろうと駅に向かいました。
一の位に5のつく時間(05,15,25,35,…)に,その列車は中央駅を出発していました。私は43分に切符を買い,44分にはホームに出たにも拘わらず,乗客を捌く駅務のオッサンは「隣の(次発)に乗れ!」と合図。なんでやねん!と思うも,オッサンが車両最後尾で仁王立ちしているので争いを避けて私は断念しました。暫くイライラしてましたけど…。
私より20秒くらい遅れてホームに出たノルウェー人とおぼしき婦女子は,オッサンに刃向かっていました。オッサンの横をすり抜けて乗車しようとしていましたが…扉は開かなかった。
「ノルウェー鉄道は正確である」が世の中の評です。そりゃこんな事をしていれば正確だろうよ…。


ってなワケで,私のオスロ報告,こんな感じです。
冬にコペンハーゲンに行き,ここでオスロに行き。…もう歯止めが利かないスカンディナヴィアへの思い(オオゲサ)。
次の夏こそはスウェーデンに……!と,今,盛り上がっておりまする。



またね!


Samstag, 14. Oktober 2006

イケア スレペンデン店 IKEA Norge Slependen

ドローバァクは一日中いても飽きないような町ではありません。水の楽しみ(ヨットとか水上ナントカとか)でもなければ,2,3時間でオスロに帰りたくなってしまいます。 オスロの近郊バス用停留所はそこら中に散っていて甚だ判りにくく,やっと見つけたと思ったらバスがちょうど出発。30分をムダにした悔しさでムカムカしていた時,近くのバス停に小汚いチャーターバスが到着するのを目撃。簡単に「IKEA」と書きなぐった汚い紙っペラを窓に貼ってありました。これは送迎バスか!?と気になりつつ,次のバスに乗ってドローバァクに向かいました。
当然,オスロに戻っても気になるのはあの汚いバス。取り敢えずそこに向かうと,見落としていた停留所サインにハッキリと店舗ロゴが印刷されていました。何人かバスを待っている風だったので,取り敢えず私も立ってみました。


果たしてバスは来ました。今度のはちゃんとしたイケアバス。カール・ヨハン通りの店を冷やかしたくもあったんですが,またしても目の前の物件を見逃す事が出来ず,えぇい!とバスに乗り込みました。
私は幸い座席を確保出来たものの,バスは日本のラッシュアワーみたいに大混雑。15分も乗れば着くのかな,と踏んでいたら,なんとその倍!30分もかかりました。高速みたいな道をハデに飛ばすので,あれで30分立ちっぱなしはツラい!でも駅に横付けするって事は,これでもオスロからは最寄りなのでしょう。それにしても座れてヨカッタ。




私は前にも申しましたが,スウェーデンのイケアに入った事がありません。日本1号店が私のイケア1号店になりました。隣の国にまで来ておきながら,総本山前にまたキャリアを積んでしもた…。

  

  

  


と云うワケで,私はイケアと言ってもこの2店しか知らないのですが,どちらもソックリなシステムによって運営されていました。最後にスウェーデン食材/菓子を買わせる手口も健在。
だから,ワールドスタンダードと申しますか,どこのイケアに行っても違うのは表示されている言葉だけ,って事なのかも知れません。
スレペンデン店のレジ子達は勿論座ってましたけどね。
しっかしそれにしても高い!!日本で買う方が安いですよ…。







帰りもこれで。結構楽しかった。


ドローバァク Drøbak

出オスロの可能性が唯一残されていた最終日。ヨーロッパ入りする前は「どうにかしてターヌムまで…」なんて望みも持っていました。ターヌムとは南西スウェーデンにある世界遺産の町。オスロからなら行けるかも知れん,と考えたんです。
が,どう行けばいいのか日本では調べ切れず,ヨーロッパ入りしてからスウェーデンの知人に問い合わせたらば乗り換え2回,船だのバスだのと。オスロで調べ,最初の乗り換え地点まででさえ3時間かかる事を知り,これはアカンと断念しました。スウェーデンクローナを一応日本から持参していたものの,結局使い道がなくそのまま持ち帰って来ました。
国境越えは諦めた物の,オスロの外にも出てみたい。遠くに行く元気はなくなっていた私は,バスでの遠足を選びました。目的地はドローバァク。オスロから南に1時間くらいの,オスロフィヨルドに面した小さくて可愛い町です。
水色の建物,なんと図書館なんですよ!






 






友達になってもらえなかった。


Freitag, 13. Oktober 2006

ロイヤルファミリー Det norske kongehuset

実は私はオスロ見物に際し,外堀から埋めておりましたのでこのカール・ヨハン通りには到着後3日間,出向いていなかったんです。パックツアーなら初日に出掛けるであろう,オスロの目抜き通りです。中央駅から王宮を結んでいます。南方から空路でオスロ入りする際,この様子がハッキリ見えます。私は感激しました(下降中はデジカメを使っていいのか判らないので,写真はありません)。
ノルウェーは20世紀初頭まで約700年,デンマークとスウェーデンに支配されていました。デンマーク支配の時代に町の基盤が作られて,スウェーデン支配の時代に発展。だから両国の王の名残がいろんなところで見られます。ここも然り。オスロ一の通りにスウェーデン王の名がついているんですね。独立後,改名しようとしなかったのか知ら。悪い時代じゃなかったって事なのかな。
1日目,2日目にここに来なかったのが幸いして(?),私はこんな場面に出くわす事が出来ました。




こうやって通りを飾っている時は外国の要人を招いている時なんですよね。ブルガリアかぁ…と思いながら歩を進めました。植栽,ブルガリア国旗に合わせてのコーディネイトだとすると,気の利いた演出ですよね。



見よ!この日本との違い!!この黄色の建物が王族のお住まい。柵なんてありません。真下まで歩いて行けます。外壁にも触れそうなほどです。ヘンに隔離しない方が国民からの敬愛は増すんじゃないか?

そして,ここまで近づくとこのように準備中。ロイヤルガード?の皆さん,熱心に掃いてます。絨毯の上でなければ,一般人でももっと接近してもよかったんです。近寄って掃いている人に話しかける観光客もいました。
王宮前の"アトラクション"は衛兵交替。観光客はこれ目当てにここに集まる。どんな準備があろうがそれは断行されるんですね。

暫くこの作業を眺め,美術館に行きたかったからそこを去ろうと思い引き返すと,何やら音楽が遠くから聞こえ始め,視界にはとにかく長い鼓笛隊パレードが入って来ました。

  

そう。この大騒ぎ,この赤絨毯。……なんと要人到着の当日だったんです。
王国ではないから,賓客は大統領。これだけの用意が調う頃には,一般人は既に仮設の柵外に締め出されています。
こんな機会は滅多にありません。私は美術館見学をやめ,国家行事のなんちゃって立ち会いを選びました。

暫く柵に寄りかかって待っていると,お出ましになりました!ノルウェーのロイヤルファミリーです!!
御登場を受け,楽隊の演奏は強化されます。



これでもマックスに大きく撮った写真です…。でも着衣で国王と皇太子の区別はつきます。
黒っぽい衣装の御婦人がかの有名なメッテ・マーリット妃。随分豪快な(=日本の皇族では許されないであろう)歩き方をしていました。[大写しの写真を見つけました。御参照
白バイを先頭に,ブルガリア大統領の乗ったリムジン隊が赤絨毯の突端に横付けしたところは,動画で撮ってしまったのでここには載りません。


併し大統領のお迎えを国王がやるのって普通?政治家に対しては政治家(ノルウェーの場合は首相)が迎える物だと思っていましたが…。
お出迎えの後,ムダな演出としか思えないガキンチョとの対話(なんでこれ,やるんでしょうね)を経て,両国の要人は王宮にお入りになりました。



さ,それからです。ハナシはまだ続きます。
任務を果たした隊列は,王宮前から列を成して去るんです。その間も楽団はずっと演奏し続けます。
こうなったら最後まで観てやろうと思い,ついて行く事にしました。

  

カール・ヨハン通りを半分以上さかのぼり,途中で曲がると,その先にゴールがありました。
軍のエリアです。ここで隊列別に上長の宣言らしき物が下ると,晴れて解散出来た様子。
解散したチームから順に,あっと云う間に帰って行きました。お疲れ様!