Donnerstag, 27. September 2007

自習……

間もなく,ドイツ語の新学期が始まる予定(クラスが成立すれば)ですが,スウェーデン語の話題を。
やめる気はないものの,なかなか続ける機会がないスウェーデン語。入門で通った学校はその後続けて通う気を起こさせないところでした。他を当たるにもこれからは忙しくなるので色々シンドい。大体ドイツ語に週2回通っていてはなかなか他の事まで出来ません。週末には定期的な予定を入れたくないし。


そんなワケで,次,いつちゃんと学校で習えるかわからないものですから,こんな物を買って来たんです。
学校では勧められる日本の教材はないくらいの事を聞いていたので,それならドイツでとベルリン滞在中に本屋さんを回って,このお馴染み出版社,PONSとランゲンシャイトの物を見つけました。
当然解説はドイツ語です。二重に勉強出来て合理的。
辞書がこのポケット物では頼りない気もしますが,中規模辞書を買ったところでそんなにガツガツやりはしないだろうし,やっぱりスウェーデン語は必要性が薄いから,まぁこの程度でもよいでしょうと判断しました。

赤いののみ,私が今回買った物ではありません。これは学校で勧められた書。初夏にスウェーデン入りした知人にお遣いを頼んで買って来てもらった物です。学校に頼んでも買ってもらえますが,腹立たしいほど高くつくので,正味価格で支払えるこの方法を選びました。結局その後,これはお土産になりましたけど…。長老,アリガトウ。

さ,この充実の品揃え。さぞかし捗るか…。
………。
今に至っても,殆ど開きもしてません。こんなもんか。でもプレッシャーを与えるべく,一番よく見える場所に置いております。


さて,夏休み中,私は自分がスウェーデン語を習った事,数あるスカンディナヴィア語の中からこの言葉を選んだ理由を話す機会を持ちました。
1度目はデンマーク人,フィンランド人と鼎談していた時。デンマーク人も自国語の発音の難しさはわきまえているようで,「ホント,あれを発音するのはシンドいと思う。スウェーデン語の方が軟らかく聞こえるし発音もし易いよね。よく解るよ」と言っていました。
次はドイツ人と。この人自身はデンマーク語をいくらか喋りますが,「スウェーデン語の方が抑揚があって耳ざわりがいいね」と言っていました。

尚,鼎談の際,フィンさんは「スカンディナヴィア語ね…フィンランド語は選ばれないんだなァ」と嘆いてました。ゴメンナサイ!フィンランド語は全くの射程圏外でした…。

Donnerstag, 20. September 2007

東京砂漠でル・コルビュジエ LE CORBUSIER ART AND ARCHITECTURE - A LIFE OF CREATIVITY

森美術館にて,ル・コルビュジエの展覧会が開催されています。
いつものように引っ張れるだけ引っ張って,とうとう展覧会の終了日まで1週間を切った昨日になって,やっと行きました。
ぜったい行くつもりでいるんなら早いうちに行っとけばいいのにさ。いっつもこうです。バカ。

展覧会は満足の行く物でした。珍しく1,500円の入場料が安いと思えました。マルセイユのユニテ・ダビタシオンや終の棲家となったカプ・マルタンの小さい家の模型が展示されているのには驚きました。
インドであんなに手広くやっていたなんてまるで知らなかったし,上野の国立西洋美術館も完全な盲点でした。





展示物の写真が撮れればよかったんですが,残念ながら撮影禁止。これで精一杯でした。↓

 


森タワーの上階を訪れたのは結構久し振りでした。今更感もありますが,東京の夜景ってダイナミックですよね。エコの対極。反省しなきゃいけないところですが美しく見えてしまう。毒されてますよね…。





ここに来ると必ず,脳内ステレオが「東京砂漠」を自動再生します。


展望フロアでは,期間限定でアクアリウムが出来ていました。専門業者による宣伝展と見ました。




Montag, 17. September 2007

テッチャン夢のひととき

現在,世界の車窓からでチェコの特別列車をフィーチャーしています。
以前私は自分のこの番組との奇縁についてオハナシさせていただきましたが,また今年も…!とビックリしているところであります。
去年はまぁ,サッカーワールドカップに便乗してドイツを選んだんでしょうけど,それでもよりによって私が滞在したバーデン‐ヴュルテンベルク州を回っていました。但し,シュトゥットガルトを避けるようなルートでその周りはわりと詳しくグルッと。ケンカ売ってるのか,と思わないでもなかったけれど。:-)
オハナシした時は珍しく冬でしたが,基本的には番組と私の訪問先が同じになるのは夏です。って事はあの番組,夏場はヨーロッパを選びがちなんだな。
…で,今シーズンはチェコなんですけど,今回の列車はブラチスラバ行きですから,そのままチェコを抜けてしまったら奇縁も弱程度のものになってしまいますけど。


マニア向けノスタルジック路線。青と緑の蒸気機関車。番組ではテッチャン乗客を多く取り上げており,私は彼等を見る度プッと笑ってしまいました。近いからでしょうけど,ドイツ人乗客の多いこと!「ドイツ人の10人に1人はテッチャンだ」とドイツのテッチャンは豪語しているそうです(本国の非テッチャンは全否定しています)。停まっていても動いていても兎に角激写。絶好のフォトスポットでは駅でもないのに停車するサーヴィスあり(当局の素晴らしい気遣い!)。車内はテッチャンの社交場。仲間同士で世界各地のブランド列車への乗車経験を語る自慢大会。特筆すべきは彼等の至福の表情。みんな,笑ってる。嬉しそう。彼等もピーターパンなんですね。

ここに載せた画像は私がプラハのホレショヴィツェ駅で見つけた特別編成列車の時刻表です。身近にいるテッチャンへの土産用に撮るので,私は結構鉄道画像を所有している方だと思います。これらはブラチスラバ行きではありませんが,ここに見られる「アルバトロス」は,現在車窓で流している青と緑の機関車のどちらかです(そうでなきゃ憶えてません!)。
番組側もこの特別列車には力を入れているようで,…いや単なる編集上の都合かも知れませんけど,もう随分引っ張っていて,いまだに国境を越えません。あと何日,あの列車をフィーチャーするんでしょうか。

そう云えばどこかで読みましたが,チェコの偉大な作曲家,ドヴォジャークってテッチャンだったそうです。



オマケ。これも蒸気機関車の特別列車スケジュール表。こっちはテッチャンの聖地ドイツで。東部と北部の一部しかここには載せられていませんから,多分南部版,西部版もあるんでしょう。この充実ぶり!熱い!!


Montag, 27. August 2007

Jag måste tala svenska...

先週金曜日,私は日本に帰って来ました。
暑いですね……。既に死にそうになっています。ヨーロッパの気候,日本の食事。これが兼ね備えられている状態が私の理想です。日本に帰って来てしまった以上,秋まで私の生きる場所はありません。

さて,私は春にスウェーデン語入門に通っておりましたが,あんな程度では現地でどうにかなる筈もないと云う解釈から,私はスウェーデンに行っても英語に徹しようと思っておりました。
併し,スウェーデン語の耳は出来始めているようでした。今まで以上にハッキリと,音だけでスウェーデン語とそれ以外のスカンディナヴィア諸語を区別出来るようになりました(デンマーク語とノルウェー語の区別はムリです)。一部,聞き取れる言葉もありました。ケタの少ない数字なら手ごたえがありました。これが嬉しくってねェ。ドイツ語を始めたばかりの頃を思い出しました(ある程度は意思表示が出来ている今となっては戻りたくもないけどね。でも当時は全てが新鮮でした)。


とは云うものの,会話となるとハナシは別です。併し,こんな幼稚園児以下の私にいきなり試練は訪れました。
最終日,コペンハーゲン中央駅を出るマルメ行きの列車は20分以上遅れました。後がない私はイライラの頂点。そこに持って来て次から次へと混んだ車輌に客が乗り込んで来る。こんな時に限ってデブばっかり。特にヒドかったのは相撲取り級のデンマークデブコンビ。相方は乗り込めず,別の車輌に行きました。そこにそのデブ程ではない腹だけ出た中型メタボのオッサンが乗車。時間的な心配とデブの参入による環境悪化で私はどうにかなりそうでした。なんとか出発はしたものの,その時刻がまさにチェックインのデッドラインと設定されている時間でした。怒り心頭ですが,そこで誰かに何か言うものでもありません。
と,いきなり中型メタボのオッサンが私に何か話しかけてきました。スカンディナヴィアの言葉(後から考えたら「人多いね」だった)。私は解らないので,スウェーデン語で英語か独語は話すか訊きました(デンマーク人でもゼッタイ解ると思ったからです。似てるし)。英語は余裕で喋れるだろうこのへんの人なんだから,と云う甘い期待がありましたから。併しなんとそのオッサン,スウェーデン語とデンマーク語しか喋れないと言う!こんな人もいるのかとショックを受けつつ,それなら私がスウェーデン語を話すしかない,と思い,持てる語彙を総動員してどうにか成立させた会話は以下のとおり。

「スウェーデン人?」「そう,マルメに住んでるよ。Youは?」「日本人」「空港まで行くの?マルメまでじゃなく?」「そう,空港。今日日本に帰るの」「何してるの?」「東京で働いてるの」「あぁトーキョー。人が多くて,スゴく大きいよね」「うん。行った事あるの?」「ない。テレビで観たんだ」等等。私の今のレヴェルではこの程度です。その後終点まで乗るオッサンは我々のいた大扉の前から座席室(なんと表現すればいいのか)に移りました。誰かが降りるのを待つんです。狙いを定めた,座っている客の横にガンと立つんですよね。ドイツでこんな光景はめったに観ないけど,スウェーデンでは当たり前みたいです。
私はこれ以上ないほどギリギリの状態を経験し,「Closed」表示されていたゲートを開けてもらってなんとか搭乗。Gott sei dank!!どうにかフランクフルト(ここで乗り継ぐ)には行けました。ホントにコワかった。ドイツに入ってからは言葉に(それほどの)心配がなくなり,突然スウェーデン語で話しかけられる事も勿論なく,あとはドイツ語と日本語だけで成田まで戻って来ました。
でもちょっとオモロかった。スウェーデン語で会話したの。





まだまだ天気予報なんて理解出来ません。せいぜい気温くらいかな。一応天候用語は学習済みですけど,スピード(そんなに速くは喋ってないのに)について行けない。

以上帰国報告。

Mittwoch, 22. August 2007

サボったか

コペンハーゲン最終日,つまりヨーロッパ最終日です。
外では雨が降っています。その上雷まで!珍しい。

今日は特別な事はせず,流れに任せるような1日でした。デンマーク家具の素晴らしさを学び直す為,工芸美術館を訪問,道すがら観光客が大挙する買い物通りを冷やかし,公園でボケッとしたり嚥下障害に苦しんだりと云った感じ。ルイジアナに行くには夏はいい季節なんですが,現在の特別展が気に入らず,行かない事にしました。

この滞在では,びっくりするくらいコペンハーゲンの町並みフォトを撮っておりませんでした。夏は美しい筈なのに何をしていたんでしょう。

宿が町の中心になかったから(とは云えものすごく遠いワケでもなかったんですが,移動を面倒がるには十分?な距離がありました),一度引っ込んだらもう出て行かないとか,暗くなるのを待つ程撮りたくなる所はカンタンには行けない等,地味ながら悪条件はたくさんありました。
そんななけなしのフォトコレクションの中からいくつか。













下の段のシャボン玉みたいのの中には,何やらデザインをテーマとした品物が入っています。それを道行く人が眺めています。




ホントにこのくらいしかない。記録魔なのに…。

さて,これが洋行中最後の報告になると思います。明日,コペンハーゲンからフランクフルト経由で日本に帰ります。朝が早い(と云っても7時起床。私にはこれでも大ストレス)ので更新はムリでしょう。
プラハ,ベルリンの書きかけ記事,コペンハーゲンの残されたネタ(そんなの,あったかなぁ…多分ないなぁ)については,情けないけれど日本で仕上げさせて戴きます。

それではまた,日本で。

Dienstag, 21. August 2007

マルメ中央駅裏

フェスティヴァルと一緒では記事が大きくなりすぎるので,ここで小さいオマケ。


駅の周りでは,なんだかいつでも工事が行われているような気がします。来る度に必ず現場事務所を観ているように思えるんですよね。
今回はトンネルを造っていました。列車の時間が心配でちゃんと案内板は見なかったんですが,これだけ見ても結構な規模です。

マルメ中央駅のすぐ裏には港があります。駅から港までの間が私のちょっと気に入っているエリアです。
別にオシャレな店が建ち並ぶ一角と云うワケではなく,ただこんな感じ。ごく狭いエリアではありますが,これが好きなんですよね。
お決まりの“ 工事中”ではありますが,駅側も完成したらもっとステキになるんだろうなぁ。
前回訪問時はあまりの寒さに灯台の下まで行く気が起こらなかった。今日は真下まで行けました。結構近くて,そして小さかった。








マルメフェスティヴァル2007 2007 års Malmöfestival

前号を受け,マルメです。
死んだようなエルムフルトからここに来て,活気がなんとも嬉しく,歩いているだけでウキウキしてきました。ここの公共バスは緑。ベルリン,コペンハーゲンと黄色が続いていたので新鮮でした。


マルメは特別に大きい町ではありませんが,これでもストックホルム,イェーテボリに続くこの国第3の都市だそうです。エアスン橋が出来てからはコペンハーゲンに来る度にマルメを訪れているので,これでマルメは3回目です。
夕方だったし,特別やる事もなかったのですが,そんな事はどうでもいいのです。ワイワイしたスウェーデンの町を観たかったんで。

希望はお釣りが来るほど叶いました。ちょうどマルメフェスティヴァルとやらが行われていて,通常の倍以上の人手。ここまでは望まないんだけどねぇ…。
私,なんとなく憶えているんです。今回と同じ場所で特設ステージが出来ていて,誰かがそこで歌っていたのを。だからよく考えたら,このフェスティヴァルも私には初めてではなかったんです。毎年だか隔年だか知らないけれど,夏になるとやるんでしょうね。

  

  


この人達,勿論私は知りませんが,女子は英語で歌ってはいたものの,スウェーデン語で何か話していました。お国の人なんでしょう。多分。