Donnerstag, 8. September 2005

3-4.ゲッティンゲンからのアウスフルーク ハン・ミュンデン Hann.Münden

学校の多くの生徒がリコメンドしていたハン・ミュンデンに,私も行ってみました。




 


ただ「キレイだから行ってみよう」の誘いに同行しただけで,なんの前情報もありませんでした。当然ガイドブックもありません(まぁ,それはゴスラーも同じでしたが)。
河川の合流地点なだけに,今までに何度も洪水の被害に遭っており,町のいたるところに印がありました。スゴいのは4メートルくらいだったか。

3-3.ゲッティンゲンからのアウスフルーク ゴスラー Goslar

学校の生徒の提案で,日曜日に行きました。天気に不安はありましたが,果たして不安は的中し惨憺たる物でした。




 

外で傘を畳まなかった時はありません。強いか弱いか,だけでした。しかし観光客はたくさん来ていました。ニーダーザクセンと云えば木組み建築。ゴスラーの旧市街は殆どどこを取っても美しい。道に迷うのもまた一興。雨でなければもっといいでしょう。雨の日の石畳はただの水溜まりより悲惨です。
寄ったカフェ・コンディトライでの"メニュー",プーテンシュニッツェル。とても美味しかった。8.5EURなんて申し訳ないくらいでした。


ゴスラーの友達です。


  

ここに住んでいる人,何をしたいんでしょうか。


3-2.ゲッティンゲンからのアウスフルーク エーバーゲッツェン Ebergötzen

土曜日,何をする気も起きず,午前中はムダに町をフラフラして過ごし,これでは勿体無いとバスに乗って出掛けたのがここです。
この日は珍しいほど天気がよく,こんな美しい空を見る事が出来ました。





この村にはこんな博物館があります。「ブロートて…」と思いながら,何もやる事がなかったので入ってみました。意外や意外,これが面白いのです。
パンの材料たる穀物や欧州各国(欧州外のも少々)のパンそのものを詳しく紹介。木のオーブン(窯?)を持ち,そこで焼いたパンを食べさせてくれます。




この博物館の他,『マックスとモーリッツ』の作者に関する施設がありましたが,この書物を知らない私には何のことやらサッパリ解りませんでした。


3-1.ゲッティンゲンからのアウスフルーク アインベック Einbeck

通っていた学校には,将来の独語教師を目指すプラクティカンティンがいました。授業後食事を摂っていると,その女史から突然の誘い。故郷を案内してくれるというので他の生徒ふたりと一緒に行ってみました。




  


 

ゲッティンゲンからはRBで約25分,隣町の駅で降りるとアインベック行きのバスが出ています(今回は女史の車で移動させてもらえました)。嘗ては鉄道が通っていたらしいのですが,新路線の開通と同時に廃止されたそうです。とても愛らしい,木組みの建物がよく残った町でした。
ここはブラウエライの町。「アインベッカー」は,古くはミュンヒェンにまで運ばれていたとか。
クナイペで私はアルスターナントカ(炭酸飲料との1:1)を飲んでみました。
入った店には昔の樽を使った半個室が4つくらいありました。

 これは,あれではないそうです。
ずっと古いんだとか。


3.ゲッティンゲン Göttingen

ゲッティンゲンの語学校に2週間いました。こう云う時って,写真を怠るんですよね。「2週間もいるから」と油断して,帰る頃には新鮮味がなくなってしまって結局撮らない。

 
改めてみてみたら,ホントに少なかった…。


私が滞在していた大学寮の廊下です。これだとごく普通の廊下に見えるかも知れませんが,実際はスゴいんです。学生が洗濯した日はどこを歩くんだか,ってほ ど。廊下干しするんですよね。台所もよく散らかってました。当番が食洗機を管轄しているみたいでしたが,テーブルを拭いたり整理整頓したり,は別のようで,荒れ放題でした。
尚,私がお借りしたのはこのフロア中最も好条件の部屋で,明るく広く,全室には備わっていない洗面台がついていました。角部屋につき大きい窓が4つありましたが,その為か夜は室温がかなり下がり,初めのうちは外上着まで着ていました。また建物の横にゴミ回収ボックスが配置されている為,回収カーのおかげで朝は目覚ましには勝ててもコイツらには勝てず。実際には火曜・木曜だけだったようですが,体感的には毎日でした。道路清掃車も通るしね。

寮にいる間は自炊でした。パスタとスープの「素」に頼りきった生活。特に生モノ等はあまり色々調達しても2週間では使い切れないので,レパートリーは増やさず,本当に毎日同じような物を食べていました。
こちらフランクフルトで見つけた素ショップ(スープカフェと云うか,イートインでもあるようだった)です。ゲッティンゲンにもこの店があればサイコーだったのに…。
昼はゲッティンゲン大学のメンザに通っていました。マズいマズいと聞いてはいましたが私には大丈夫でした。デパートレストランと大して変わらないように思えた。

ゲッティンゲンでの2週間は,学校に行ってスーパーで食材を買って,と云う日々でした。特別な事は何もしなかった。SATURNのCD,DVDコーナーに足繁く通い,CDを試聴しては迷っていました。
ところで同じ物でも都市/店によって価格が違うのでしょうか,CDは同じSATURNでもゲッティンゲンよりフランクフルトは高かった。DVDは SATURN同士では同じだった物のフランクフルトのWOMでは2EUR安かった。結局買ったCDは価格差がない物と比較不能の物(ゲッティンゲンにはな かったNOMIを見つけた!!)でしたけど。ゲッティンゲンは大学町だから安いのでしょうか。でもDVDは?価格設定がよくわかりません。


ドイツにもこんな人がいるのか。
いて欲しくなかったなー。


2.ヴィーン

私が一番落ち着ける(きっと)最愛の都市。無目的でも行きたくなります。根拠なく「ここの気に私は守られている」と思い込める。自分のお友達の間では,私は2番目にヴィーンを愛していると思っています。本当は,この夏オーストリア2都を訪問したのはOSに乗ったからと云うだけの理由からなんですけどね。
地味ながら私,このビルが好きです。冬,薄緑色にボーッと光って,てっぺんの柱の赤い光が降りて来るのを観ているのが昔から好きでした。キャンドルの電飾はトゥーマッチですけどね。シュテファンには入らなくても,ここの前はトラムで通りたい。可能なら降りたい。







ヴィーンの名所,他は観なくともナゼかよく行くのがカール教会。毎年8月6日にはシュテファンからケルントナーを通ってここに至る,「南無阿弥陀仏」の旗を先頭に数十人の賛同者が練り歩く平和行進?及び"TORONAGASHI"(流れませんが)が行われているそうです。偶々この日,ヴィーンにいたので,ゴール地点で観ていました(行進には付き合わずU1でショートカットして待ち伏せと云う卑怯な手口)。

  

この灯篭,皆さんちゃんと回収して帰るんですね。感心ではありますが,情緒がないですよね。日本ではどうしてるんでしょう。


まだありましたよ。Stubentor。
……で最初に見たのですが,これはStephanspl.のだわ,拡大してみたら。


1.リンツ(OÖ)



KZマウトハウゼン目当てで訪れたリンツは,私が自分の意思で出ヴィーンした最初の都市です。つまり,(鉄道移動の拠点として国境を越える場合を除き)自分ひとりでは,今までヴィーンを出た事がなかったんです。
全てが初めて観る物ではあったのですが,ハウプトプラッツ等の観光名所は残念ながらウマく撮れませんでした。きっともっといい写真が手軽に見つかるでしょうから,ここでは貴重だった晴天のドナウ対岸を。
今年,晴天は珍しい事でした。オーストリア,ドイツ合わせて3週間いて,7割は曇り,半分は降られていたと思います。
折角の晴天だったので,ペストリンクベルクにも乗車,山頂まで行きました。ここからの眺めも素晴らしかったのですが,多少ガスがかかっていました。






リッパな駅でした。ビックリです。
規模こそ違え,ヴィーンのどの主要駅より,いえ,多分シュヴェヒャート空港よりもリッパでしょう(大体なんでヴィーンの駅と空港はあんなにショボいんでしょう)。









そして笑ってしまったのがこれ。名前だけではありますが,お父さん方,きっと目を輝かすんでしようね。
私は2分前のフロイト号でヴィーンに戻りました。






リンツで見つけたトホホ。

ichて……。

こんな物まで「ausser Betrieb」とは。