Sonntag, 9. Mai 2010

ソ連の戦勝記念日(1) ウラジオストクにて

今日は現在のロシアと,かつてソヴィエト連邦に属していた複数の国にとっての戦勝記念日であります。
まぁ対独(対ナチとされている場合が多いが)の戦勝記念日ですから,ドイツ贔屓の私にとっては複雑ですけれど…。
と,さも知ってそうに言ってはおりますが,これは現地で判った事。ガイドさんから聞いたワケではなかったので,そこらじゅうにあるポスターに載っている年号から推測し,小辞書で調べて確証を得ました。
大々的な行事であるらしく,町はもうこれ一色と云った感じでした(これ→はウラジオストク空港で見つけた物です)。

初日の夜には宿に直行,翌日の夜にはハバロフスクに向かってしまうと云う短いウラジオストク滞在の中,私はこれだけの偉人を見つけました。探せばもっといたのでしょう。
尚,この偉人群,ハバロフスクでは一切見かけませんでした。この町オリジナルなのか?



    

    

    

ドイツ軍の英雄なら何人かは知っているけど,ソヴィエト軍の知識は皆無に等しく,名前と肩書きは文字から知れるものの,付加情報が一切ない状態では,彼等がどれだけの偉人なのかがまるで判りません。残念です。

Donnerstag, 6. Mai 2010

Здравствуйте Япония!

昨日,予定通りロシア極東部から日本に帰って来ました。
最終日に脚を激しく挫くと云うアクシデントに見舞われ,激しく動く事や自力での遠出にはドクターストップがかかっておりますが,高熱を出して空港で呼び止められるような事はなく,内科的には大丈夫です。




極東…。……いやー,新鮮でした。面白いところでした。そう申し上げておきましょう。
ネタがまとまったら見聞記をお送りします。暫しお待ちを。

Freitag, 30. April 2010

明日から

極東ロシアに行ってきます。
ここ数年,「ロシアってのも新しいな」と漠然と考えていて,去年の夏でしたか,今年の黄金週を利用して,と決めてました。その時期がとうとうやって来ました。




渡航準備からして勝手が違うので,手配の全てを旅行代理店に依頼(オストブロックを目的地とする専門の旅行社がいくつかあるんです。今まで知らなかった…)。本当は添乗員同行が希望だった程,私はいつものノリではありませんでした。
結局は,パックはパックだったけれど添乗員ナシになりました。
行き先は王道のウラジオストクとハバロフスクです。

歩き方の指南書を熟読したり,ツポレフの恐怖について調べたりと,いつもなら決してやらない調査を色々しました。スゴいところです。警官がぬれぎぬを着せた上にワイロを要求するわ全てはスタッフの機嫌次第だわ手配した人が来ない事もあるわと知れば知るほど不安感は増してしまった…。
ま,でもどうやら予定だとエアバスで往復出来そうです。

一度行ってみれば不安感は消えるんだろうと思いはしますが,やっぱり,国外でのスタンダードが欧州である私には戸惑いの連続なんじゃないかなと。

さぁ,どうなる事やら。

Mittwoch, 24. März 2010

夜のブダペスト(2) 

こちらではポストカードになりそうなブダペストのスポットを。
基本的に雪だったので,降っていない間は曇天です。今まで披露して来た画像の中に青い空はほんのちょっとしかありません。こう云う季節は夜景を撮るに限る,と云うのが私のキャリアによる結論です(つまり,いまだに曇天撮影の腕が上達していないのだ私は…)。



 



上記4点中3点が実に聖イシュトヴァーン大聖堂でした。
電飾の奥に見える画はブダペスト到着日にそれと気づかずに撮ったもの。やっぱり好きなんだな,この建物。





ブダは絵になるなぁ。




  

  

これはなんて事ない通りのアーケードなんですけど,ここを夜歩くのがとても好き。初めて見た気がしなかったので,多分最初の訪問でもここに来たのでしょう。アイアンモチーフの影が素晴らしく美しい。影だから変化はしないけど,寒さに耐えられる範囲で暫く見続けます。

物欲報告はもういっちょありますが,ブダペストの町報告はこれで終わりです。
予想出来た事ですが,年度末のこの時期は特別キツい(更に昨日,精神を病みそうなネタが発生した…)ので,ホント,もっと早くスタートさせてればよかったんですが…。
2月にサボっちゃったせいだな。来年は気をつけます。

来年…来年の私はどこで働いてるのか知ら。

Sonntag, 21. März 2010

夜のブダペスト(1) ドゥナに架かる橋

美しきブダペスト2部作の後半です。後半自体を2分割させていただきます。
ここではブダペストの観光アトラクションと言ってもいい存在の橋を。
ブダペストがブダとペシュトと云うふたつの地区が合わさってできた都市である事は自由橋の記事で申し上げました(ならなんでブダペ“シュ”トではないのか?と思うんですが,ハンガリー人は自分の言葉だとブダペシュトって呼んでいるのかも知れません)が,この両地区を結んで「ブダペスト」にする為には,分断しているドゥナに橋を架ける必要がありました。
この3つの橋はその頃に架けられた物で,確か現在見られる橋は第二次大戦後に復元された物ではなかったかと記憶しています。
ドゥナとは,ドナウのハンガリー語。ドゥナには現在9本の橋が架かっているそうです。

橋についてはすでに自由橋を記事にさせていただいておりますが,その文中言及したふたつの橋がこれ,鎖橋とエルジェーベト橋です。




鎖橋 Széchenyi Lánchíd



M越を彷彿とさせるライオンさんが鎮座する,重厚感のある鎖橋。ブダペストを代表するアトラクションではないかと思います。
夜になると三脚を携えたオッサンや安そうなカメラでブレてるに違いないスナップ撮影に興じる(見ていて想像がつく。自分もホントに苦労してるから…)観光客が大挙します。
私の大好きな映画「Gloomy Sunday」では主要登場人物がここから飛び降りますが,実際にそこに立ってみると,この橋から降りるのって結構怖い(この人物はこの入水では助かりますが,…いえ,申しますまい)。

  




エルジェーベト橋 Erzsébet híd



実際に歩いて渡らなかったので遠景フォトしかありませんが,2度,すぐ下をトラムで通りました。
現代的なフォルムは建造当初の物ではないそうです。鎖橋と自由橋に挟まれていると逆に目立つか。真っ白で清楚に見えます。ステキです。
前号に載せたゲッレールト画像に写っている大きな像がここにも見られます。



どちらの橋も,昼はこんな感じです。

 

Sonntag, 14. März 2010

美しきブダペスト

ブダペストについて,なんだか私はここでネガティヴな事ばかり書いているような気がします。
特別好きじゃないとか交通システムが良くないとか,店員の態度が悪いとか。
でも勿論,ブダペストは美しいのです。そんな美しさを,私はここまで出して来なかったように思います。
本号と次号がこの地についての最後の更新です。今までの記事から漏れたブダペストをスクラップブック的に。


  

  


  

  




私が特に気に入った/気になったのは。




町なかの池。さすが温泉の地ですね,湯気が立ってます。
この水,温かいんです。手を入れてみたけれど,ホッとする水温。
当然,外気がキンキンに冷えているからそう思っただけでしょうけど,まぁ20℃はあったんじゃ
ないだろうか…と,数値見積もりに対しセンス皆無の私ではありますが,一応言っておきます。



温泉施設を持つゲッレールトの丘。
温泉以外まるで観る事が出来なかった場所です。この丘には“東”の遺物であるモニュメントの墓場があります。
市中で持て余された当時の像各種が一堂に会しているそうで。うーん観てみたい。
※右方に小さく写っている像もその仲間だったように記憶しています。



聖イシュトヴァーンバジリカ。
私の大好きな建造物です。外見も美しいけれど内装がまた素晴らしい。口開けっ放しでキョロキョロする
観光客がたくさんいますが,私も気持ち的には口,開けっ放しです(ちゃんと閉じます)。同じ名を持つ
大聖堂がヴィーンにもあります(独語だとシュテファン)が,これに関しては私,こちらを選びます。
今年の初詣で,私はマーチャーシュ教会で行いましたが,ここにすればよかった…(いや,マーチャーシュも
美しいんですよ。だけど私はこっちに惚れこんでいるので)。