Samstag, 2. Februar 2008

Helsingforserstraße...

私が夏にベルリンで寝泊まりしていた施設は,Helsingforserstraßeにありました。「ヘルシンキ通り」です。
但し,この場合のヘルシンキ部分はスウェーデン語なんですね。私のフィンランド人のお友達は「名前を付ける時,間違ったんじゃないの」と言っていました。つまり,ドイツ人が「ヘルシンキ」を持ち込む際,フィンランド語ではなく“誤って”スウェーデン語を使ったと。
このお友達はフィンランド語を母語として育った人です。フィンランド系フィンランド(ってのもなんだかおかしいんですが…)の学校では第二公用語であるスウェーデン語を子供のうちに習わされます。併し,私のお友達は「もう大昔過ぎて忘れちゃった」と言っていました。どこかで読みましたが,現在フィンランド系フィンランドではスウェーデン語よりも英語の教育に重きが置かれているそうです。お友達はこれを体現しているワケですね(私とはドイツ語で話していますが,女史はスコットランドで教職に就いています)。
いくらフィンランド語にいくらかでも親しめそうな気がしてきても,依然としてスウェーデン語贔屓の姿勢を崩せない私。フィンランド語を介さない物件を見つけると軽く嬉しくなったり。暗い。


  

左の看板は学校のようでした。フィンランドでは母語による教育が国で保障されているので,移民であっても自分の言葉で勉強が出来ます(勿論フィンランド語は習わされます。そこで生活するんだから当然です)。第二公用語なんですから,当たり前ですがスウェーデン系の学校もあります。確かスウェーデンだけを“公用語”とする学校もあったと思う。これがそれなのかは判りませんが,これと同タイプのフィンランド語による看板はなかったので,多分スウェーデン系の為の学校なんじゃないかな…と推測しました。
テレビのスウェーデン語放送は文字だけか,そうでなけばスウェーデン語ラジオ放送の収録風景(動きの殆どない画面)でした。数字が取れる時間帯にサウナに行っていたから期待したタイプの番組を観なかっただけかも知れませんが,ちょっと残念だった。
右端のは本関係の業者さん。ただ,ここではスウェーデン語しか写していませんが,実際はどうだったかと云うと自信ナシ。

 

左:スウェーデン劇場。スウェーデン語による演目の為の施設です。昔はどうあれ,現在はスウェーデン国ではなく,スウェーデン系の為の施設みたいです。
在芬スウェーデン大使館。こっちはあからさまにスウェーデン国の物ですが,私が注目したのは扉の上についている碑(?)。なんて書いてあるんだか…。建築したのはどちらにしろスウェーデン人,或いはスウェーデン系っぽい。

解る言葉に出くわすとホッとします。孤独感が半減するような錯覚に陥る事が出来ます。誰が味方してくれるワケでもないのにね。




鉄道駅。勿論左サイドにはフィンランド語が入っていますが,ついこんな撮り方をしてみたり。

Freitag, 1. Februar 2008

suomeksi / på svenska

前回の宣言どおり,ヘルシンキで見つけたフィンランドの言語政策?を。


 

  

 

このように,みんなの為の物はほぼ必ず2言語で表記されています。警察の車もこのとおり(この写真,同じ車を両サイドから撮った物です)。人口比率によるのか積年の恨みか,先に表示されるのはフィンランド語。私は勿論スウェーデン語表記を頼っていましたが,こうして併記されているとフィンランド単語も憶える事が出来て,もっと長居していれば下(スウェーデン語の事)を見なくてもよくなるかも知れません。

ドイツ語(を使っている人達,とするべきか)は単語をくっつけてくっつけて,新しい連結単語を作ると云う性質を持っています。フィンランド語にもこの傾向はあって,よく見てみると区切るところが判って来るんですね。そうすると,文法は別として,単語の意味を把握するのはそう難しい事ではなくなります。
ただ,フィンランド語を含む言語系統に属する他国語をひとつも知らないものですから,他の言葉から推測すると云う事が出来ず,単語その物の意味の模索から始めなければなりませんが。

比較対象としては適していないかも知れませんが,ヘルシンキのこの状況,ブリュッセルに似ていると思いました。メインはフィンランド語で,スウェーデン語話者は外ではフィンランド語を話すから(スウェーデン話者同士なら勿論別)この言葉はあんまり聞こえて来ない。でも町には“文字上では”両言語が飛び交っている。
スウェーデン系が居住しない場所,そしてスウェーデン系しか居住しない場所ではまた状況は違うかも知れませんけど(行ったのに憶えてない),ベルギーほどあからさまには区別していないんじゃないかなぁ。…いや,どうだろうか。

Donnerstag, 31. Januar 2008

Jag förstår blott svenska...

フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語です。
隣国だから言語的に近いのかと思いきやさにあらず。フィンランド語はその左に連なるスカンディナヴィア各国の言語とはルーツを異にする完全なる別物です。また,右隣の国語であるロシア語ともまるで違います。フィンランド語はエストニア語,ハンガリー語,トルコ語の兄弟らしい(民族のもともとの出所が共通とされている)のですが,私にそれらに対する知識がないので,専門家の言葉を信ずる他ありません。


ここで登場するのが1日に申し上げたハンガリー女子の言葉。私が就職しにくいフィンランド文学をどうして選んだのか問うた際,勿論フィンランドが好きだからと云う当然な理由はありましたが,「ハンガリー語とフィンランド語は近いんだよ。だから勉強し易いの」とも言ったんですね。私は今でもハッキリ憶えています。自分が「どっちにしろ,私がやりたくなる言葉ではないな」と思った事も,結局テレビ番組もスウェーデン語放送しか観なかった事も。
歴史的経緯で考えれば,この4ヵ国語で言えばたぶん私にはハンガリー語が理解し易いと思うんですよね。外来語に救われると云う消極的な理由ではありますが。

で,私ですが…。
フィンランド語にはやはり興味を持てません。北方ゲルマン系の言葉に手を出し,これからやってみたいのがスラヴ系のポーランド語と云う私にとっては完全に畑違いです。喋るのは英語,書かれた物を読むにはスウェーデン語と云う気持ちでいたので,日本からスウェーデン語の会話本(ベルリンで買ったやつ)を持参しはしたものの,全ての場所でスウェーデン語が使われているとも思えず。
そこで,ヘルシンキに行く前に「標識も読めないんじゃ心配だ」と思ってヴィーンで小辞書を購入(ヘルシンキで独語ガイドを買っても不毛です。解説が読めないんですから…)。会話をフィンランド語でしようなんて図々しい考えは持っていなかったので,会話集ではなく,ホントにただの小辞書です。空港バスの中では目に付く単語を片っ端から調べました。活用とか変形とか,まるでわからないものですから,「多分これでいいんだろう」と云う程度でした。勿論その後は,強風の中手袋をはいた状態で単語調べなんて出来ませんから,休憩中とか部屋で見るだけになりましたが。
でもそうやって,なんとなくでも少しだけでも書き言葉(“言葉”なんておこがましい。単語だよ単語)を理解出来ると,ちょっと嬉しくなりますね。10年前の(「これは要らない」と云う)頑なさはなくなりました。依然として習いたくはなりませんが…。

そんなワケで,ヘルシンキにおける2言語対応(?)を,この次の記事で御紹介します。



習わなくてもこれなら想像がつきます。実際思ったとおりの意味でした。“ale”はセール。ここではフィンランド語しか出していませんでしたが,大抵の店舗ではどちらも表記していました。スウェーデン語だと“rea”です(これも初めてスウェーデンを訪れた時に憶えたんです。ああ恥ずかしき我が物欲…)。フィンランドではセールコーナーを赤くするのが主流みたいでした。



Mittwoch, 30. Januar 2008

ピンポイント建物見学

いやー,こっちの更新を著しく滞らせていた独語学校の課題が終わりました。
パソコンを使える自由時間はほぼ,かかりっきりだったと言ってよいでしょう。それから解放されましたので,帰国後3週間にもなりましたが,引き続き更新を続けます。
とは云え,この冬休み,私はあんまり写真を撮っていませんでした。去年は合計3ギガのメモリースティックが途中で一杯になってしまうほど(パソコンを持ち込んでいてよかった…)撮りましたが,期間は同じなのに,ヴィーンはいいとしてもヘルシンキでそれほどガッついて撮っていなかったんです。植物園イケアに行かなかったからかなぁ。そんななけなしの写真の中からいくつか特集を組んでみようと思います。


いつもは建物見物が好きな私ですが,この冬は殆ど,それを行いませんでした。やはり冬はすぐ暗くなるし,なにより強風で外回りに対する意欲が殺がれました。寒いだけなら耐えもするが,風はツラかった。
こんな理由で,私が見た建物はヘルシンキの鉄道駅から徒歩で行ける場所にある物ばかり。
ヘルシンキにはまた近いうちに来る筈なので(セトモノ,布モノが欲しい),建物は次に回す事にしました。それでは,ベタすぎて恐縮ですが,行ってみましょうか。


テンペリアウキオ教会 Temppeliaukion kirkko

ここは名所です。なんでも石をくりぬいて建てられた教会らしく,建築マニアも驚く観光スポット(の前に宗教施設であるワケだけど…)以上の存在である様子。
10年前の滞在中にも訪れたところです。当時はイタリアからの団体旅行客を乗せたバスが横付けされていたものでしたが,この冬はどこを見回してもロシア人。大激写大会が繰り広げられていました。
因みに天井は銅です。*国人に知らたら盗まれるぞ!気をつけろ!!






フィンランディアホール Finlandiatalo

フィンランドのスター建築家,アルヴァル・アアルトの作品。コンサートホールのイメージが強いんですが,会議場としての施設もあるみたいです(コンサートホールと思ってしまうのはこの建物名のせいだな…)。ガイドツアーで回る余裕もなく,暗くなってから立ち寄ったのみ。次回期待。




国会議事堂 Eduskunta(talo)

ガイドツアーで中を見学出来ます。私は前回の訪問で見学済み。実はこの時,執務室にまでお邪魔したんです。得がたい経験。
そんなワケで私が最初に憶えたフィンランド単語はeduskunta。国会議事堂なんですね。アイサツより先に憶えてしまった。




国立現代美術館キアスマ Kiasma

結構面白い建物です。私の知らないアメリカ人による設計。展示物より建物内部に興味があって,最後の日にムリして行きました。
期待なく訪れたものの(“からか”とすべきか),当時の展示(カーネギーアワード)がまた良かった!最後にいい物を観たと思いました。






よくわからない,ステキな建物郡。
勉強不足です。きっとマニアにはブランド的な性質を持つ建物なのでしょう。



Montag, 21. Januar 2008

例の,ベタなやつ

また見に来てくださいなんて言っておきながら,時間をあけてしまいました。
あけた後のネタがこれでは場つなぎみたいで申し訳ないんですが,一応報告を。

私自身は7:3の割合でアンチですけど(マニアの青年はカワイイ。でも製作者側の意図-使い方-がいかにもで気に入らん),日本にはこれが大好きな方が多くいらっしゃるので,一応披露しましょうか。




この写真じゃなんだか判らないかな。近寄ってみると。



これなんですよ。日本語はそのまま。消さないんでしょうかねぇ。



実態は映画同様飲食店です。このように,ポスターからフライヤーまで大事そうに掲げてます。日本人を呼び込む為か,或いは単純に「ここが映画のロケ地になったんだぜ!」って自慢したいのか。
私は映画の影響と思われたくなかったんで入りませんでしたが(だからこう云う消極的なネタしかないワケで…),工夫風の兄さん,オイサン方が続々と入っていました。ああ云う客層なら気軽な大衆食堂みたいな店のかなぁ。
このポスターが剥がされたら,入ってみようと思います。いつ剥がすんだろ。

Donnerstag, 10. Januar 2008

恋人探し

1月7日の朝,私は日本に帰って来ました。
煩わしいダウン(相撲の着ぐるみばりにブクブク),動き難くてフィギュアスケーターがリンクから降りた時と同じ歩き方になってしまう雪靴,普段は殆ど必要としない手袋と帽子を脱いで,足下がスースーして乱暴な動きには耐えないスカートに,ダウンの数分の一の厚さしかないコートと云うイデタチでもヘイキになりました。なんて身軽。

もう帰る日が見えて来た1月の3日か4日頃でしょうか,パソコンを触っただけで帯電するようになり,それからあかぎれが始まりました。
皮膚が薄くて弱いので私,手には特に気を遣っておりました。半乾きで外気に当たる事は避け,手袋で保護し,夜はハンドクリームで防御。
それなのに手の甲はヤスリがかかったようにザラザラ…。小指の下には赤くて小さい十字がたくさん現れ,痛くはなかったものの,見た目は相当哀れでした。
現在はどうにかヤスリだけになって来ました。もう一息です。


さて,今日のこの,極めて異例なタイトル。
ヘルシンキで最後に観たテレビ番組です。8時の飛行機に乗る為,私は5時半に起きました。その時やっていたのがこれ。
日曜の5時半と云えば,日本では皇室番組が放送されている時間帯です。あの時間に流して,誰が観るのでしょうか。まぁ同じ事を望んでいる人達って事か…。

この番組では,“立候補者”の姓名,年齢,居住地(ヘルシンキ,タンペレ等漠然と),希望する相手の年齢,特記事項が本人写真(静止画のみ)の横に表示されます。1静止画面に付き3人。ドイツのように本人出演の“字幕解説つきPV”(これがまた,いじらしくて垢抜けなくて最高にオモロいんだが)は使われません。だからなのでしょうか,若い殿方の中には自分の肉体美を誇示せんばかりに上半身の裸体フォトを載せてる御仁もいました。
希望年齢について気付いた事。自分より年上の女を望む男はビックリするほど少ないけれど,逆は結構多いんです。別に守ってもらおうとしてはいないんでしょうけど,自立女がとても多い国にしては意外だと思いました。また,年齢の幅が結構狭いようです。きわめて現実的な数値に見えました。こう思うのは私が日頃メトロポリスなんか読んでる(正しくはあのコーナーを読んで爆笑している)からなのかも知れませんが。
特記事項,まるで解りませんでした。初めは「まぁムチャな事を言ってるんだろうな」なんて思ったものでしたが,年齢設定を改めて思い出せば,特記事項も現実的だったのかも知れません。
エントリーしている主流は20代と見受けましたが,中には58歳の婦女子もいました。ガンバレ58歳!

帰っては来ましたが,今後もうちょっとヘルシンキネタをお話しさせていただく予定です。また見に来てください。




恋人探しの番組は,私に余裕がなくて撮っておけませんでした。
これは最終日に撮った物ではありません。ヨーロッパの大画面天気予報が好き。

Samstag, 5. Januar 2008

美術博物館に入ったら

私はヘルシンキ滞在中,7つの美術博物館を見学しました。




うち金曜日は入館無料になる2館,自社アイテムを並べた陶器会社の博物館を除いた大規模な4施設では,必ずステッカーが用意されました。見学の際は,これを必ず手の甲や衣服に貼っていなければなりません。
これ自体は別段珍しい事ではありません。大陸でも時々見かけます。併し,「貼りなさいよ」と言われた物をここまでキチンとマジメに貼っている見学者を,私は見た事がありませんでした。
みんながみんな,貼っているのです。私は着ている物に良くない気がして今までは割と守らないでおりましたが,ここでは郷に入ってはなんとやらで,キッチリ貼って見学しました。

アラ,半分近く省いてしまいましたが,この様子だと入館料を取る曜日の2館でも,多分ステッカーは貼らされるのでしょう。

フィンランドの人は遵法人間なんでしょうか。
…いや,遵法ってオオゲサですけど,なんと言いますか,こう云う小さい事を大事に守る人が多いのかな?なんて思いました。
ヨーロッパにおける私の行動はジャーマンスタンダード。例えば,ドイツ人は横断歩道では赤でも車が来なければ,或いは来るまでに自分が道を渡ってしまえればヘイキで赤信号を無視します。私は通い始めて間もない頃は日本的な感覚で信号が赤ければ立ち止まっていたものでしたが,ドイツではその行為が逆に愚かしく思われているようなフシがあります。
過去,スウェーデン紳士がこのような状況に陥ったら「子供が見ていたら悪い影響を与えてしまうから待ってる。でも近くに子供がいなければ渡ってしまう」と言っていたのを思い出しました。ここの人が同じ事を考えているとは思えませんが,やっぱりマジメなのかな。
まぁでも,若い人やピンで歩いている殿方は渡ってしまう場合もありますから,「待つ人が大陸より多い」とする方が適当でしょうか。

これがヘルシンキからお送りする最後の報告です。
明日,ここを去ります。「ヘルシンキ」が災いしてか,同日乗り継ぎで帰ろうとなると早朝便を選ばざるを得ません。明日,8時発…。こんなに早いの,乗った事ないよーーー。起きられるか心配。それなのにまだ,荷造りが終わってない…。


ちなみに用済みステッカーはどうするのか。



私はバッグの裏に貼り付けていましたから全て手許に残りましたが,出入り口にこんな物を用意する美術館もありました。気が利いてる。ちょっとカワイイ。