Sonntag, 3. Januar 2010

湯治 Gellért fürdő

ハンガリー名物と云ったら日本と同様温泉が出る事による湯治でしょう。
普段温泉旅行なんてまるでしない私が,今回はどう云うワケか興味を持って,行く気になっても大丈夫なように用意をしておきました。
そして営業時間や他の曜日的なスケジュールを鑑み,今日最初の湯治場に行って来ました。
ブダペストに興味を持って何かしら文献を読んだ人なら一度はその名を聞いているはずのゲッレールトです。


  

エステとかマッサージとか,付加サーヴィスを頼まなかった私にとって,ここはただの温水プールに見えました。
前述のように,私が湯治のなんたるかを解っていない事もありますし,日本の湯みたいに強烈な臭いがしない事もありますし,なんだか物足りないのです。
まあ,でもプール自体が12年振りでしたから(ウソじゃありません)面白かったかな。

ただのプールだと思ってはいたものの,出てからずーっと,指先がチリチリしています。針を刺したような,サボテン君を握ったような感じ。気持ち悪いなぁ。明日には治っているといいけれど…。


湯治に行く前,私は宿に立ち寄りました。その際,切れ掛かっていたデジカメ電池を充電。
出掛ける時,本体にセットするのを見事に忘れました…。ゲッレールトは湯治施設の外からならどうにか撮影が出来る場所でした(水場にカメラを持って来るバカ観光客には参ったが。その上そこでは撮影禁止なのに)。建物の意匠も強烈で素晴らしかったのに,こんな時に限って資料を用意出来ません。どアホ!

※ここに載せている外部フォトは,後日撮りに行った時の物です。そしてチリチリはその後1週間以上続き,挙句の果てに皮膚が剥がれました。今になってやっと快復傾向。数あるブダペストの湯治場のうち,もっとも行きたかった所には行けませんでしたが,こんな身体反応が出てしまっては再びブダペスト入りしても躊躇ってしまいます。とんだ災難です。

Samstag, 2. Januar 2010

寒い!

なんたる事か,今日の起床は11時49分。昨日までの肉体及び精神疲労が,この部屋の寝心地の良いベッドを前に一切の遠慮を放棄したせいでしょう。目覚ましなんてそんなもん…!いきなりこの時間ってのにはビックリしましたが,それだけ消耗していたんだな,と。
そうそう,ヴィーンで発生した精神疲労は去年のうちに解決されました。越年も越境もしなかった!肩の荷がおりました。

これで意気揚々とブダペストを楽しめるか…と思いきや,今のところ全然。文字に頼る私にとって,やはりさっぱり解らない言葉は敵。もうちょっといればどうにかなるだろうけど,昨日の今日ではとてもムリです。いやー,シンドいわイライラするわ。
今日はその上に凄まじい強風が吹き,オハナシにならないほど寒く(体感ですけどね。風除け出来る分には大した事なかったから),やる気は思いっきり殺がれました。
今日は王宮の丘とやらに行って来たんですが…夜でもないのに強風のせいで手ブレがヒドく,たまにきれいに撮れてもあまりの曇りっぷりにひとっつも魅力的に写らず。いつもはガツガツ撮っているのに,今日はあまりに収穫が少のうございました。




王宮から移動して,こちら民族博物館へ。その気もなく行ったのですが,特別展がフィンランド物でした。殆ど知っていたし,持っている物もありました。いやー,ここでフィンランド物に再会出来るとは嬉しかった(嬉しいと思っているうちはハンガリーを堪能していない)。

Freitag, 1. Januar 2010

Boldog új évet

2010年が来ました。ブダペストから御挨拶。今年も宜しくお願いいたします。

昨日は思いもかけずに夜外出し,戻ってから途中だった荷詰めを行い,27時30分頃就寝し,6時前には眼が醒めました。今日の疲労は,つまり昨日(いや,今日だが)未明には既に約束されていたワケです。
いやー,シンドかった今日は。


ヴィーンからの移動は甚だスムーズでした。私は前回もヴィーンからブダペスト入りしておりますが,この時,実はヴィーンはただの経由地でした。実際には前日までプラハにいたのです。
ヴィーンを経由してパカらしい長時間を掛けたのは,チェコもハンガリーもそうでしたが,当時スロヴァキアに入るには査証がないといけなかったからです。ま,当時はチェコ大使館とスロヴァキア大使館は隣接していたんですけどね。そう何枚も査証をとりたくなかった,つまりそう何度も大使館詣での為に公用を蔑ろにしたくなかった私は,それが必要ないオーストリアを間に挟んで,降り立ちもしない国の査証取得を避けたと云うワケ。
査証って煩わしいですなぁ。よく貰いに行ったもんだ,と殆どの渡航先がヨーロッパ域内である私は思います。

私はヴィーンからここに移って,あまりのやりにくさに戸惑っています。ヴィーンでは勝手も立地も言葉もよーくわかっています。ピンポイントで名所をいくつか記憶しているだけのブダペストは,初めても同然です。この滞在でいくらかは把握出来るようになるといいなぁ。

名所には今日,復習がてら行って来ましたが,明日以降,もっといい画が取れるかも知れないので,報告はあとでまとめてにしようと思います。



私のベースは,ここを最寄り駅としています。東駅。K...が東で,P...が駅。完全に自分の守備範囲の言葉ではありませんが,こう云う言葉は憶えておかないと,乗り物にも乗れなくなります。

必然的な…ウインドウショッピング

こちらの記事で,店の冷やかしに悉く失敗した事を申し上げましたように,私は仕方なく中を覗いてスゴスゴと帰る事を繰り返していたワケですが,通りがかりも含め,私が覗いた店はこんな感じでした。
ヨーロッパでは夜,老夫婦が美しくディスプレイされた店を覗き込んでいるのを見かけますが,この時期でしたら寒くなる前の昼に出来ます。どう?楽しそうでしょう?ヤケクソですが。



先ずはこれ。これぞオーストリアの華!お国の逸品,高級ブランドシリーズ。
半分以上は開いていましたから,物理的には入店出来たところなんですが,敷居が高過ぎます。店はツラい。博物館で観たい。
上段左:各国の王宮や官邸の御用達,クリスタルのロプマイヤー。食器は壊したら自害したくなるような繊細さ美しさ。シャンデリアは眼が眩む凄まじさ。
同左:オーストリアのユーゲントシュティール家具を扱う骨董店。ここは閉まっていたような。
同中右:言わずと知れたクリムト。額装されていたような…ウロ憶えですが。これはオーストリアの一級品を集めたお店にありました。観光客を大いに当て込んでいる筈のこの手の店は勿論開いてます。
同右:これもロプマイヤーだったか,…うーん自信ありません。同じ通りにあった事は確かです。この通りには豪華高級な店が集結しています。
下段:これも説明不要であろうスワロフスキー(独語は独語でも,ちゃんとオーストリアのサイトを引いてます。ドイツのなんか貼らないぜ)。キラキラ満開です。遠目でも,寄っても綺麗。店の入り口も豪華に飾り立てていて,それを背景に浮かれた写真を撮るスペイン人・イタリア人観光客をいつ行っても見ます。






小市民向け店舗シリーズ。
家具屋さん,手芸店,舶来雑貨店。唐草のやつ,撮っといて中を改めなかったんですが,これ,シチリアのキャスケット店なんですってね。日本語サイトまでありやんの。全然知らなかった。
私が観たかった店はこのカテゴリーにありました。夏に来なきゃな…。


 


動物シリーズ。商品の種類,ランクを問わず,動物君その物が目当てでした。
ラインナップはカッコいいのからふざけてるのまで色々。私が一番気に入っているのは黄金の小鹿君です。
ブーちゃんはこの時期の幸運のシンボルです。なんでも吸い込むと云うか食べると云うか,その性質から身の回りにある佳き事を取りこぼさないからと云う解釈を聞いた事がありますが,信憑性については疑問。
かつてはよく,新年グッズの屋台で1ペニヒコインを鼻先にくっつけたブーちゃんのマスコットを見たものでした。ペニヒですから…まぁこれはドイツでのハナシですが。今なら1オイロツェントなんかな?最近私は屋台を覗かないんですが,前を通った時等に目に付くのは四つ葉のクローバー(ブーちゃんとクローバーのユニットも定番)をくっつけた型が多いような気がしてます。



電飾アップデート

2008年の冬,私はヴィーンに来ませんでした。一昨年からか去年からなのか,中心部のドハデな電飾が一部更新されていました。
ここを歩いて日本人に遭遇しない事がない,ヴィーン一の繁華街。このエリアはホント,ドハデです。土地の人の為の商業地区の電飾と較べれば,ここの演出の仕方が観光客対策であるようなところも見受けられますが。
毎年この通りはビカビカと照らされていますけど,2007年,或いは08年の冬までは,ここには子供が描いたような流れ星が散らされているだけでした。それでも十分まぶしかったんですが,当局は不足と判断したのか,ここまでやるようになってしまいました。大写しすると,こんな感じです。











↑ここは公共物件ではなく…なんだったけなぁ,洋服か宝石か何かの高級店だったように記憶しています。やりすぎですよね。まぁヴィーンには,このくらいの私企業(と思われる)の電飾はほかにもありますが。
↓この電飾は前にもお伝えした物ですが,これとてここ5年くらいの間に更新された物。その前はどんなだったか,結構忘れてしまうんだな…。
今年はVQで下品に撮ってみました(きれいなのはこっちで。上の,下の)。







いきなり爽やかに昼の画像ですけれど,これ,私が2007年に惚れ込んだ装飾です。その時は夜の物しか観なかったんですが,昼もこんなにカワイかったとは!大好きーーー。



ヴィーンの鉄道駅は工事中

ヴィーンの地下鉄について,私はここで前に2度,言及しております(2007年1月,2008年8月)。
今度は鉄道。一国の首都の鉄道駅がこんなんでいいのか,と昔から思い続けていたふた駅が改修工事中である事を今期知りました。
必要だと思います。ホントにショボいんです,ヴィーンの鉄道駅。
このショボさに愛着を覚える方は多くいらっしゃるとは思いますが,私は「ちょっとは威信をかけようと思ってみてもバチは当たらないんじゃ…」と考えていたクチなんで,賛成か反対かと言えば,まあ賛成かな。


ヴィーンの主要鉄道駅は3つ。西,南,ミッテ。厳密にはまだ,あるにはあるんですが,国際線の発着回数で考えればせいぜいこの程度かなと。
ミッテの使い勝手について,私は詳しく知りません。利用機会がないんです。ただ,数年前に供用を開始したエアポートトレイン(高くて不評と聞く)はミッテにしか入っておらず,どうもここも西,南以前から改修をやっているらしい(ヴィーンには足繁く通ってる割にこの程度…そのくらい,ミッテには用がないんです)事を考えると,ベルリンのツォーに対する新生中央駅のように,その名に相応しい働きをやがてはここに求めるようになるのかな,と云う想像も出来ます。
と,グタグタと述べたところでこちら西駅。外観上はそんなにショボついた印象はないし必要な機能は網羅されているんですが,古臭さは否めず,更に列車発着エリアがどうにも地方のターミナル駅。







それがなんと,2011年の秋以降こんなんに生まれ変わると言うんですよ(この時,VQしかカメラが動かなかったので強めの色味で失礼します)。
既に改修工事は始まっていて,空港バスの停留所がとんでもないところ(オオゲサ)に移されるわ仮囲いで動線が長くなってるわでなかなかに不便です。
私はその利便性を採って通常のベースを西駅周辺としているんですが,工事の間はちょっとやりにくいなぁ。シュヴェーデンプラッツに引っ越そう(“引っ越す”て)かな…。
私はモダンな駅舎も好きですが,ドイツの真似っ子みたいになるのはやめて欲しい。コンペ,したんでしょうね。誰の設計か…。
ヴィーンに来る日本人観光客には不評なんじゃないですかね。日本人は妙な思い入れと見当違いな期待を引っさげて旅に出がちですから,ピカピカの建物よりも現行のくすぶった感じを愛おしむ人が多いのでは。
そう,京都駅が新しくなって多くの人がガッカリしたように。
だけど,新築の駅に旅情は期待出来ますまい。ロモとホルガを愛する人達にとっても,それが似合わない駅舎になると言えそうです。せいぜいガッカリしろーーー(VQもダメだろうな…)。
ま,mal sehen。




南駅については利用も何も,完全封鎖状態でした。西駅のように「住みながらの工事」はしておらず,入る事すら出来ません。
私は空港からいつも西駅行きのバスを利用するんですが,何も知らない状態で,今までは途中に寄っていた南駅の様子を見てガクゼンとしました。
廃駅か!?とさえ思いました。しかしバスは何事もなかったかのように南駅を横目に通過。完全無視です。西駅に着いてから,運チャンにあれはなんなんだと訊きました。運チャンは,ただ「閉まってるんだ」としか教えてくれず,いつまでかと問うと「2年くらいかな」と。
その後,西駅の様子を見て,あぁそう云う事なのか,と判った次第です。
どうりでどんなに調べても南駅-ブダペスト東駅の直通便(今までの仕組みで言えば,一般的に南駅はオーストリアと云うかヴィーン以東への国際列車-国際とは限らんが…-が発着する駅でした。西に来るのは通常,以西便)がなかったワケだ…。
現在,南駅の代替策として,別の駅が使われていますが,詳しい事は判りません。(ミュンヒェン-)西駅-ブダペスト東駅の便の場合では,マイドリンクでした。

よし,次のヴィーン訪問時にはミッテを観に行こう。

アルクトス君とナヌーク君にお別れを Tiergarten Schönbrunn (3)

また,またまた,行って来ましたシェーンブルン動物園。
さすがに今回はやる気が低かった…。何頭の動物君と再会しているのでしょう私は。もういいだろ,と思わないでもないですが。
多少の改修工事が行われていたようで,一部の動物舎が私の記憶とは違う姿をしていました。サイさんのエリアが草食動物のオープンスペース(なんと言うのでしょうあれ…庭じゃないし)と直通するようになり,今まで室内で草を食むところしか見た事がなかったサイさんが外でノビノビしていました。…いや,そのように見えました。なんだか嬉しくなったなァ。
それから類人猿舎も。ただ,こっちは混んでいて私はすぐ出てしまい,しげしげと観察してはおりません。





  


  


今期の目的はホッキョクグマの母子。今年のホッキョクグマ舎改修工事に伴い,ヴィーンの彼等は移籍する事になっているのです。
双子の行き先はハノーファー。私なら行こうと思えば行ってしまえる場所ではありますが,ヴィーンで生まれたこの子達をここで観られるのは最後,と思ったので訪れた次第です。

  

  

どの子がアルクトス君でどの子がナヌーク君かは判りませんし,ここまで育たれては母子の区別も出来ません(小さい時の様子はこれ。ただ,兄弟の区別は見てもやはり出来ません)。兄弟はハノーファーでは一緒に住めるみたいです。母親のオリンカちゃんとはお別れです。お母ちゃんの行き先,調べても出て来ません。調べが足りないのか,それとも当面オリンカちゃんはここに留まるのか。動物園のサイトには,「2012年から14年までここにはホッキョクグマがいない事になる」と書かれてはいます。が,この記事,古い(なん学期か前の独語クラスで使用したから憶えている)。更新しないのか?