Mittwoch, 25. März 2009

清く正しく美しく,か…

本題の前に…。
WBCの日本優勝,オメデトウ!!実に嬉しい!!

それでは本題。長年東京圏で生活していても,いまだに知らない事がたくさんあります。
これもその,ひとつでした。
土曜の午後,私は所用で霞ヶ関に出向いていました。予想を上回る時間がかかり,空腹感を催してしまったので何か食べて帰ろうと思ったのですがそこは週末夕方の霞ヶ関,食べる所なんてありません。日比谷か銀座まで出向く事にし,歩きました。
民族太鼓の音がする日比谷公園を突っ切り,やっと街灯のまぶしいエリアに入ったと思ったら飛び込んできたのがこの光景。



 

この人,人,人。9割9分,女子なんです。それはもう,若いのから若くないのまで。列の切れ目はスカラ座の入り口でした。
興味の対象外については何も知らない私,初めは何の事だか検討もつかなかったのですが,「ん?待てよ…ここに殿方がいないって事は…宝塚?」と。
取り敢えずそう仮説を立てて,検証してみる事にしました。空腹ではありましたが勝手にジャーナリスト気取りで。

ちょっと待っていると,スカラ座出入口の裏からスラッとした女性とそうでもない付き人風女性のペアが何組か出て来ました。自分の近くを陣取っていた御婦人は,「あれ今出て来たあの人,*****さんじゃない?」とお仲間に確認。一度聴いただけでは憶えられない源氏名のような響き。
居並ぶ女子連は基本的に立っていますが,そこから人が出てくる度に座るのです。帝国ホテル側で見ていた時はウェーヴでもやっているのかと思ったくらい整然と。
ここで私は自分の仮説が正しいと確信しました。この品行方正さ,これはまさに宝塚のモットーではなかろうか。ファンも彼女等と一体になりたいのだ,と。

通りを歩く美しい女(“ひと”と読んでいただきたい)は,そうしたファンのところに寄って来てファンからプレゼント?を受け取り,お返しをします。これがハガキサイズのカードか何か。普通ならここで立ち上がってキャーキャー言いたいところなんでしょうけど,それをしないのがまさに清く正しく美しく。

  

私の観察期間中,どうにか形になった写真はこれだけ。ハンチングを被り,細身のトレンチを着,足もとはブーツイン。これがジェンヌファッションの主流でした。右端の方はいかにも娘役に見える,可愛らしい人。
もともとなんでもない私はそのうち満足し,食べる所を探しに出ました。
正体を突き止める事が出来ただけで十分なのです。私の様なヤジ馬は他にも結構いて,なんだなんだ?と言いながらも観ていました。

 

この日,我がカメラ君…と云うよりはレンズ君のコンディションが悪く,こんなにボケボケに写ってしまいましたがこの場合逆に好都合。こう云う,揃いの物を身に着けたグループがいくつかありました。これにも意味があるんでしょうけどねぇ…私にはわかりません。

 

名実ともに視野の狭い私は,この看板にいつまでも気が付かない状態で現場を検証していました。
そりゃそうだ,ここから出てくる美しい女はタカラジェンヌだ!当然です。
よく観ればスカラ座正面の画像の端っこにもついてるし…。

Samstag, 21. März 2009

清洲橋 Kiyosu Bridge

清澄庭園…と云うかギャラリーに行った日,途中,隅田川にかかる清洲橋が見えました。
別に途上にあるわけではないのですが,なかなかの迫力を以て視界に入って来ました(ここに至って,自分が随分遠回りした事を知る。お陰で橋を観る事が出来たからヨシとするか…)。
橋好きの私としては,放っとくワケにはいきません。

自分がいた側ではこの橋の来歴めいた表示を見つける事は出来ませんでしたが,銘板のハゲ具合,橋本体の厚塗り具合を考えるとそこそこ古いんでしないでしょうか。

隅田川の橋ですから,夜は電飾するのでしょう。観てみたいなぁ。










 

どう云うワケかヴィーンのヌスドルフを思い出しました。あぁ行きたいなぁ,トラムDに乗って…。
これを機に,ここで橋カテゴリーを作れるようになるといいな,と思っております。

Donnerstag, 19. März 2009

清澄にて Kiyosumi

清澄白河のギャラリーで,現在気になる作品が展示されているので観に行って来ました。
そのギャラリーは配送センターか何かが入るよくわからないビルの上階にあり,そこには我がお目当てのギャラリー以外にもいくつか入っていて,複合ギャラリー施設の様相を呈していました。
倉庫っぽい雰囲気の中,半自動のとんでもないエレベーターを利用して上階に向かいます。兎に角わからない事だらけで戸惑いました…。
上述「気になる作品」は,期待通りの美しさ。戸惑いつつではありましたが,行ってよかった。
展示作品はごく少数で,あれを観ただけでは断定は出来ませんが,恐らく好きになるだろうな。
宇田川愛さん。今後注目し続けます。



さて,駅からギャラリーの入るビルまでの間には清澄庭園と清澄公園があります。
せっかくだから寄ってこう…と思ったのが16時30分過ぎ。17時で閉まるその庭園への最終入園は16時30分と決められています。既に裏口しか開いていなかったのですが,表口の存在に気付いていなかった私は,「何もわからないのをいい事に」と云う結果に至りましたが,その裏口から入ってみました。

当然ながら入場券売り場は閉まっています。そこで庭園管理のオジサンに「お客さん,ここは4時半で閉めるんですよ」とあしらわれました。
仕方ないな,出るか…と考えていたらばなんと,「ま,5時になったら出ればいいから。行ってらっしゃい」と黙認してくれたのです。
正味20分くらいしかなかったと思いますが,中を見学する事が出来ました。オジサン,ありがとう。


  

  

  

20分なんでこのくらいです。次はちゃんとした時間に,ちゃんとお金を払って入ろう。
尚,隣の清澄庭園では,キッズがサッカーに興じ,主婦が寄り集まってウワサ話に興じていて見学する気が弱りました。
結局隅っこを通って,そそくさとギャラリーに移動。

Sonntag, 15. März 2009

СЛАВА В ВЫШНИХ БОГУ ニコライ堂(東京復活大聖堂) (2)

前号に引き続き,ニコライ堂。


この大聖堂内の撮影は残念ながら禁じられています。内部は金と青が印象的な,ケバケバしくはないけれど華やかな空間。参拝料を支払うと黄色の蝋燭を渡されます。
それを灯して内部を見学し,前述した紳士の解説を受けている間,線を越えて中に入って行った男性がいました。
信徒さんは奥に入って祈る事が出来ます。更に奥には神がいるとされている場所があり,この中には神職しか入れない…らしい。
最後に我々が立っていた場所に程近いイコンに接吻して,その信徒さんは出て行きました。

ウスペンスキー大聖堂でも内部の撮影が禁じられていました(それにも拘らず撮っている不躾者は勿論いたが)。カトリック,プロテスタントの入場料を要求する施設ですと割と撮影可能な例が多いんですけど,正教はそれを許していないんでしょうかねぇ。

建物ファンとしては残念ではありましたが,信仰の現場を冒涜してはいけません。ですから私の記録は外側だけ。
この2号記事ではディテールを採り上げます。このように素敵な意匠が施されていて感心させられる事しきり。
前号もそうですが,載せている画像には大聖堂以外の関連施設も含まれています。どの建物にも波型の意匠。これが可愛らしい。ステンドグラスはとても美しいんですが撮影が許されないので,仕方なく外からだけ。どうにか想像……出来ないかな…。

このすぐ下の写真には漢字が書かれています。正教はその国の言葉を使う事を原則としており,ラテン語にこだわるカトリックとの違いを紳士は強調していました。


  

 

  

 

  



この記事のタイトルはどこから来たかと申しますと。



これなんです。門にこう書かれています。私はロシア文字が読めません(実はこれを読むことに強い憧れを持っています。それはまた,機会を見て…)が,どこかで“祈りを捧げる場所”くらいの意味であると読んだような気がします。



隣の建物。映り込みを考えてのこの素材?

Samstag, 14. März 2009

СЛАВА В ВЫШНИХ БОГУ ニコライ堂(東京復活大聖堂) (1)

一昨日の「所用」先は御茶ノ水。私は御茶ノ水が大好きで嘗ては足繁く通っていたのですが,ここに入った事は今までありませんでした。
御茶ノ水入りが夕方だったり日中でも余裕がなかったりで,気になりつつもずっと入れずにおりまして。
スウェーデン大使館の閉館時間を考えれば,私には大幅に時間がありました。いい機会だから見学してみる事にしました。


  


  

中に入るとニコライ堂について解説してくれる紳士がいました。「ロシア正教の日本における総本山」程度の認識しか私にはなかったのですが,ロシア正教,いやそもそも正教と言われているものはギリシア正教をルーツに持ち,日本にはロシア人によってギリシア正教がもたらされたからロシア正教と言われているだけで,各国に正教会は存在し,日本なら日本正教と名乗っていいのだそう。それが「ギリシア正教」で通用している正教の考え方だそうです。この施設は正しくは本来はギリシア正教の聖堂であるそうです。
でもウスペンスキー大聖堂はフィンランド正教の施設とは言わないんだろうなぁ,大聖堂が建った時フィンランドはロシア領だったし…と思いつつ,いろいろ質問をしながら紳士の解説を聴きました。

正教は旧約聖書に基づく物で,カトリックだプロテスタントだという前から存在する派。でも世界中で最も幅を利かせているのは当然ながらカトリック。因みに日本のキリスト教徒だとプロテスタントが最も多いと云う意外な事実を知りました。
聞けばアメリカ人宣教師が開国後に押し寄せたからだそうで,ザビエルとか隠れ切支丹の存在からカトリックに違いなかろうと思っていた私はアホだった。その頃はピンポイントだったし,人間の絶対数も少なかったもんな…。



また,まるで別物と思っていたユダヤ教も結局は同じ物だと云う事を教わりました。生活習慣や戒律の面で違いはあるけれど,ユダヤ教に愛を取り入れた物がキリスト教であるとこの紳士は仰いました。
キリスト教地域であるヨーロッパによく行く私としては,色々訊きたい所ですが,紳士の守備範囲はあくまで正教。見当違いな事を問うと芳しい回答は得られませんでした。ウンウン頷くだけの話す側に都合のいい聞き手では,私はないのだ。神学の領域にまで踏み込まなければならなくなる難しい事も訊いてしまったり。うーん深過ぎたか。

この記事には続きがあります。また後で。