Dienstag, 28. Juli 2009

マドリード

ハンブルクにいながらまるで見当違いなタイトルですが…。
ここに来るまでに,ここに関係する事があったんです。今まで思うように更新出来なくってここまで引っ張ってしまった,機内でのお話しです。



普段機内では満足に寝られない私ですが,日々あまりに疲れていたからか,食べる時,トイレの時以外は浅くはありますが,殆ど寝ていました。

私の隣人は,珍しく非日本人でした。ひとりはゲルマン顔の,もう1人は国籍不明な顔をした,必要以上のカーリーヘアを持つ人物。若造の2人組でした。
あとから来た私は通路側を陣取っていたゲルマン顔を捕まえて,「スイマセン,そこ通してくれない?」と独語で問いました。ゲルマン顔は快く立ち上がり,満面の笑みで私を迎え入れてくれました。
カーリーヘアはあからさまにラテンな言葉を話したけれど,私は暫く,その相棒がカーリーヘアに付き合ってあげられる語学力を持つゲルマン人だと思い込んでいましたし,ドイツ人客室乗務員も,最初は迷わず独語で話しかけていました。
私の隣はカーリーヘアだったので,トイレに行く時など,私は独語を諦め,英語を使っていました。

私は顔で国籍,それがダメなら民族を当てられると自信を持っていたのですが,もろくも崩れ去りました。検証の結果,カーリーヘアはともかく,ゲルマン顔もスペイン人である事が疑いようもない事実になりました。まったくドイツ人ではなかったワケです。
併し第2回目の機内食が出るまでは,むやみに騒がず,だらしなく座ったりもせず,非常に感じの良い若造でした。その食事のさなかからやたらと元気になり,キャラキャラと大はしゃぎして,iPod的な小道具を取り出し,滞日中に使ったのであろう日本語音声ツールを再生して後に続き,大はしゃぎし始めました。最も近くにいる日本人である私はそれに付き合わされ,ゲンキデスカー?と問われたり,自分の箸の使い方を私に見せて「これでいいの?」と問うたりと人が変わったようなハイテンションぶり。
最後にトイレに立つ時は,私は引き続き英語で頼んだけれど,面々はそれに対してハイと言ってはまたはしゃぐ。
それまでの好印象があったからか,私は別に不快感を持つ事もなく,彼等が楽しんでるから私も付き合ってやるか,くらいの態度で臨みました。
モニターに映されたマドリード接続便の表示を彼等は熱心に見ていて,前の座席にいた日本人と知り合いらしく,出てるよ,と云う態度にイエスと反応していました。


フランクフルト到着後の乗り継ぎ。ここ名物の地下通路を私は歩いていました。後ろからはキャスター付きの持ち込み荷物をデカい音を立てて転がす日本の少年が見えたけれど,自分とは距離があったので,私はトイデジの動作確認をしていました。
彼等にはまず間に合わないであろうエレベーターに乗り込んで,私はハッとした。手に持っていたはずの搭乗券がなくなっている!!
さっきトイデジに気を取られて…!と私は青くなり,そのエレベーターでそのまま降りました。扉が開くと同時に床を見て,自分のそれが落ちていない事に多少の焦りを感じ,うわーどうしよう再発行ってしてもらえるもんなんだうか…と思案していると,日本人に
「あのう,清子さんですか?」
と話しかけられました。
氏の手には私の搭乗券!!本人が降りて来るだろうと思って持っていてくれたのです。
私は命拾いした思いで一杯になりました。氏はさっきうるさく荷物を転がしていた少年のお父さんでした。お母さんを交えた親子3人で,「あぁよかった」とニコニコ。
私はうるさいガキだ,なんて思っていた事を恥じました。

彼等の接続便は私のそれのふたつ先でした。自分の所に着いた時,私は彼等にお辞儀つきで礼を述べました。ヨーロッパでお辞儀なんてみっともない事,ゼッタイするもんじゃないと思っていた私ですけれど,自然にこの行為に及ぶに至りました。
礼なんていいんですよ,と云う顔をして彼等は自分の登場ゲートに向かいました。彼等の目的地,それはマドリード。


この日はなんだか,マドリードづいていました。
愉快なスペインの若造ふたり,そして親切な日本の3人家族,どうぞ現地での滞在を楽しんで(完全ホームの若造に言うのもおかしいな)。
なんだかいいはなシーサーみたいでイヤだけど(あれ,こう云う番組なんでしょ?),こんな事があったと云う報告です。


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